お節介は嫌われる、らしい。(1)
アドバイスメールは無視


栗野的視点(No.797)                   2023年5月13日
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お節介は嫌われる、らしい。
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ご高齢夫婦の写真撮影

 歳とともにお節介になり、写真撮影に出かけても年配のご夫婦を見れば、頼まれもしないのに「ご一緒に写しましょうか」と声を掛けてしまう。そういう時、一応遠慮するのは男性の方で、女性の方はまず断らない。「お願いします」とご自分のスマホかコンパクトデジカメを渡される。
 年配のご夫婦に声を掛けるのは彼らの記念アルバムづくりへの協力である。こう言うと失礼かもしれないが、残りの人生は少ない。夫婦で一緒に旅しても後で見返すとそれぞれ別々に写っている写真はあっても、2人一緒に写っている写真はないか、あっても少ないはずだ。せっかくの思い出、一緒の写真があった方がいいに違いない。そう思うから、お節介と思いつつ声を掛けてしまう。

 今年など梅林のカカシと一緒に自撮りをしていた中年男性がいた。少し離れてしばらく、その様子を見ていたが、やはり自撮りではうまく撮れないのだろう。色々カメラの角度を変えたり苦労している風だったので、いつもはシルバー世代以上の年配者にしか声を掛けないのだが、その時はつい声を掛けた。「一緒に写しましょうか」と。
 複数のカメラを持たれていたから同好の士だろうと思ったが、「いやあスミマセンね。お願いしていいですか」と素直に応じられた。「では、今度は私が写しましょう」と、そうするのが返礼とばかりに言われ、一瞬「いや、私はいいです」と断ろうとしたが、思い直し「じゃあ、お願いします」と自分のカメラを手渡した。
 こういう時の写真はどうしても記念写真風になり、自分の好きなように撮れないからあまり好きではないが、互いにそういうことを理解しながらも、時にはそういう自分の写真があってもいいかと応じ合うのだった。

阿蘇のホテル支配人へメール

 しかし、お節介がいつも受け入れられるとは限らない。特に最近は「余計なお世話」と思われるようで、無視されることが増えた。
 例えば阿蘇でホテルH雲荘に宿泊した時、受付のベトナム人女性の対応が、教えられたマニュアル通りにきちんと説明している姿がとてもよかったし、部屋着として用意された作務衣が気に入ったので、Webの口コミ評価に「感じがよかった」と高評価を書き込んだ。
 ついでに部屋着の作務衣がとても気に入ったので、ホテルでも土産物売り場などで販売することを考えたらどうだろうか、と書いた。ただし、この内容は口コミコメントで書くことではないだろうと考え、ホテルへのメールに「支配人宛」として送信した。
 ところが不特定多数が見る口コミ評価の方には、ホテル側から即座に書き込みがあったものの、支配人宛のメールは完全無視。ホテルへのアドバイスだったが、余計なお世話と思われたようだ。

奈義の美術館館長へのメール

 同じような例は岡山県奈義町でもあった。奈義町がどこまで意識しているかは不明だが、同町が誇っていいものに奈義町現代美術館がある。世界的に有名な建築家でありアーチストの磯崎新(あらた)氏が設計・プロデュースした建築物だ。内部にはこれまた世界的に有名な彫刻家であり、磯崎夫人でもある宮脇愛子氏の「うつろひ」と題した作品も常設されている。

 こういうと失礼だが、こんな片田舎の町に磯崎氏の手になる建築物があることを町はもっと誇り、PRしていいのではないかと兼ね兼ね感じていた。
 ところが、2019年に磯崎氏が「建築界のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞を受賞した時も同町や同美術館は何もしなかった。
「せっかくの機会だったのに何も企画しなかったのはモッタイナイですね」と一、二度会ったことがある同町の議員に話したことがある。
 そして今年2月。昨年12月に磯崎氏が亡くなられたので、追悼を兼ねた磯崎建築展等を企画し、奈義町を広くPRするいい機会ではないかと議員に電話した。
 その時は「今地方選の最中なので、それが終わって私が当選すれば、恐らく当選すると思いますが、町長に働きかけ、今度はぜひ実行したいと思います」とのことだったが、当選はしたものの一切動きはなかった。もちろん私へも一切連絡なし。

 今度は3月中旬に奈義町現代美術館町宛にメールを差し上げた。奈義町の存在をPRするいい機会なので磯崎新回顧展を企画したらどうか、と。
 氏は大分出身であり九州には氏の建築物が多数存在しているし、九州各地の美術館等では過去に磯崎新展を企画・開催したところが複数ある。そういう美術館には氏の建築物模型も残っているし、連絡すれば相談に乗ってくれるはず。実際に開催する場合は岡山の地方紙、山陽新聞だけでなく、奈義町は兵庫県に隣接しているから兵庫方面に向けて情報発信した方がよく、そのためには神戸新聞に連絡すれば喜んで紹介記事を書いてくれるはずだ、とアドバイスした。もちろん、こちらの住所、氏名、連絡先を明かして。

 しかし、その後、同美術館長からメールを含め一切のコンタクトは今に至るまでない。
 阿蘇のホテル支配人といい、奈義町の美術館長といい、どうも最近、人の感覚が変わってきているような気がする。

<参照>
 栗野的視点(No.790):建築家・磯崎新の訃報に接して思い出す事々

                            (2)に続く

#奈義現代美術館 #磯崎新


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