向かいの家から人が消えた

　話は変わるが、今回帰省すると見慣れた光景が少し変わって見えた。
１つはすぐそばの中学校に通う生徒が黙って通り過ぎて行くではないか。つい２、３か月前までは「おはようございます」と挨拶をして通っていた生徒たちが女子も男子も皆押し黙ったまま通り過ぎて行く。
　この様変わりようは一体なんだろう。まるでミステリーの世界に入ったようで不気味だ。

　不気味なのはもう一つ。隣家から人が消えた。向かいの家に人が越してきたのは半年前。夫婦に子供４人の６人家族で、それまでは私の姿を見ると「おじちゃーん」と言って寄って来ていた男の子の姿が見えない。男の子２人は小学校に上がったか幼稚園生かで、昨秋まではよく外で遊んでいた。それが今回帰省しても全く姿を見せない。姿だけではない家の中からも男の子２人の賑やかな声が聞こえず、静まり返っている。

　それでも小学１年か２年生の長女の姿は見かけたので「お土産。兄弟で分けて食べなさい」と言って菓子をあげた。それでも男の子は家から出て来ないし、それ以後も姿を見ない。
　春休みで祖父母の所にでも行っているのだろうと思ったが、春休みはまだ先だと後になって知った。

　一体、男の子２人はどこに消えたのか。そういえば旦那の姿も帰省してから一度も見てない。男３人が忽然と消えた？　まるでミステリーの世界だ。
　「離婚したんじゃないの」。近所のおばあさんはそう言っていた。引っ越してきたばかりで離婚はしないだろうと思ったが、今は何が起きてもおかしくない社会。離婚して旦那が男の子２人と出て行ったとしてもおかしくはない。

　何が起きてもおかしくない時代だけに、もっと深刻なことを考えてしまった。傍目には仲がよく見えた家族間での争い事はこの頃毎日のようにニュースになっている。
　まさかね。まさか事件性はないと思うが・・・
　謎が謎を呼び、こちらは心中穏やかではない。寒い間は家の中に引き籠もっていてもおかしくはないが、４月とか５月の気温と言われるほど暖かい日が続けばさすがに外で遊ぶはず。それなのになぜ姿が見えない。
　平日は学校に行っていたとしても、土日は外で遊ぶだろうから、その時まで待ってみよう。それでも姿を見かけなければ女の子かお母さんに話しかけそれとなく男の子のことを尋ねてみるか、とミステリーな状態で何日か過ごした数日前の日曜日。

　撮影から帰宅した夕刻。夫婦が現れ「旦那が東京に出張していたんです。先日もらったお土産のお返しです」と菓子箱を渡された。
　えっ、東京出張？　ああ、それで姿を見なかったのか。こちらの思い過ごしでよかった。事件性はなかったのだ、と心中ホッとしつつ、今まで何をしている人か、どこから転居してきたのかなども詳しく知らなかったので、この際と思い色々尋ね、やっと相手の素性が粗方分かり安心したという次第。
　「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
　後で分かれば笑い話だが、実のところかなり心配した。