格差を拡大するキャッシュレス政策(3)
〜米で広がる、キャッシュレス禁止


米で広がる、キャッシュレス禁止

 「流行に乗り遅れるな」「皆で渡れば怖くない」というのがこの国と国民の特性で、十分な検証もせず、ワーと群がっていく。列の先頭はどこなのか、どちらに向かおうとしているのか、そんなことは考えず、行列があるから並ぶ。なかには何の行列かよく分からず、よく考えもせずとにかく並んでいると答える人がいる程だ。 今の流行りは「〇〇Pay」祭り。とにかく使わなきゃ損、使わない奴はバカだ、というような論調がネットに溢れている。

 たしかにスマホをかざせば支払いが終わるキャッシュレス清算は便利に見える。しかし、便利だと手放しで喜べない部分がある。それはまず現金が見えないことだ。こう言えば、キャッシュレスなのだから現金が見えないのは当たり前で、何をおかしなことを、と言われそうだが、財布の中に現金が見えないことが怖い。
 財布に現金が見えないと手持ちのカネがいくらなのか、財布にいくら残っているのかが分からない。手持ちのカネが分からと、つい余分に買ってしまう。つい高額な商品でも買ってしまう。つい不要不急な商品を買ってしまう。

 現金払いなら財布の中身と相談しながら買うが、キャッシュレスだと手持ちのカネではなく銀行預金残高を思い浮かべながら買うから、どうしても「つい買ってしまう」。
 そう、財布の中の残金が少なければ不要不急のものや、ちょっと高いなと思うものは買い控えるだろうが、目の前に現金が見えない(財布の中身が見えない)と、「まあ、いいか」と買ってしまう。
 その結果、使い過ぎる。それでもまだ預金残高がある内はいいが、その内、家計簿や預金残高のことを考えなくなる。かくして使い過ぎ、借金地獄、カード地獄ならぬPay地獄に陥る。
 待っているのは経済破綻だ。そうなる人が増えるのは過去の例に照らしても間違いところだ。
 実際、それに気付いてキャッシュレスをやめて現金払いに戻したという例もメディアで報道されているが、そうした例は今後確実に増えることが予想される。

 もう一つはアメリカで広がっているキャッシュレス禁止の動きである。アメリカでキャッシュレスが禁止? と言えば不思議がるか、そんなバカなと思われるだろうが、事実である。
 フィラデルフィアは今春、条例でキャッシュレス店舗を禁止したし、ニュージャージー州がそれに続いた。さらにニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴの各都市もキャッシュレス店舗の禁止条例を検討しているとのこと。

 こうした動きと連動するようAmazonはレジレスコンビニ「Amazon Go」で現金支払いを可能にした。「Amazon Go」はAmazonが2016年12月に同社本社内にオープンしたレジレスの無人コンビニである。スマホをかざすだけで商品を購入できる未来型店舗と話題になり、その一般向けの1号店が2018年1月、シアトルにオープンしている。
 アメリカの後をすぐ追いたがるのが近年の中国で、「Amazon Go」のことが報じられるや否や中国国内に無人コンビニが次々オープンした。ところが、その大半は存続していないが、その動きは「キャッシュレス禁止」とは関係ない要因で起きている。

貧困層に冷たいキャッシュレス社会

 さて、なぜアメリカでキャッシュレス禁止の動きが広がっているのか。「〇〇Pay」と浮かれ踊る前に、そのことを考える必要があるだろう。それは現在の日本とも共通する問題だからだ。
 そのためには「Amazon Go」で買い物ができる人はどういう人なのかを考えてみなければならない。
 まずスマホを持っていることが大前提になる。スマホのアプリで認証しないと入り口の扉は開かないし、商品を買う(決済し、持ち出す)こともできないからだ。
 これは逆に言えばスマホを持っていない人は「Amazon Go」で買い物をすることができないということである。これは「Amazon Go」1店舗の話ではなく、今後、同店が増えれば、あるいは同店以外にも同様なレジレス無人店舗が広がっていけばスマホを持っていない人の買い物チャンスはどんどん奪われていくことを意味している。キャッシュレス店舗の禁止条例はそうなる前に手を打ったということだ。

 次に銀行口座を持ってなければキャッシュレスの恩恵を受けることができない。アメリカでは銀行に口座を持っていない人が840万人も存在すると言われている。彼らは現金で生活するしかないわけで、キャッシュレス社会になると生存権そのものが脅かされることになる。

 これは対岸の火事ではない。日本でも様々な事情でホームレスにならざるを得なかった人もいるし、スマホを持たない高齢者や新しい装置はよく分からないから使いたくないという人もいるだろう。
 年収1000万円の人でも突然、老後破産する時代である。浪費しているわけでも博打にのめり込んでいるわけでもなく、どちらかといえば真面目に、ごく普通の生活をしていてもだ。
 最近、全国で相次ぐ自然災害でそうなる人もいる。そういう例はメディアや週刊誌でもよく取り上げられている。
 社会は常に弱者に配慮することが必要だ。アメリカはデジタルデバイド(情報格差)がさらなる社会格差を引き起こさないように手を打ったように見える。

 我が国も「キャッシュレス化」「〇〇Pay」と浮かれ踊ってばかりはいられないだろう。キャッシュレス化が本当に消費者のためになるのか。中小小売店救済策として始められたキャッシュレス化が実は救済どころか逆に中小小売店をますます苦境に陥らせることになっているのではないか。そういうことを真剣に考える必要があるだろう。



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