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深いい話〜人はまだ捨てたものじゃない。


 今回は最近体験した、ちょっと深くていい話を。
 8年前、妻が膵臓ガンで旅立った頃、毎週のように電話をかけて私を励ましてくれた男がいた。
「奥さんの様子はどうや。そうか、大変やろうけど、あまり無理したらあかんで。あんたまで倒れたら奥さんはもっと悲しむぞ」

 私が彼と知り合ったのはその数年前。私のHPを見、ベンチャー情報に詳しいようだから一度会って話をしたい、と電話がかかってきたのだ。
それ以降、連絡を取り合う関係になったが、大半は彼からの連絡だった。全国のベンチャー技術情報についてよく知っていたし、福岡にも何度か来たが、大半は電話やFAXを送ってくることが多かった。
 彼が私に求めたのは、福岡の企業に会う時の同席ぐらいで、私を強引に投資話に誘うこともなかったが、私を同席させる理由を尋ねると、「あんたの冷静な目で見て欲しいんや。その判断を参考にしたいんや」と言っていた。
 そのうち段々友達感覚になってきたが、それはいつ聞いても彼が話す内容が変わらなかったし、「おいしそうな話」をほとんどしなかったので、彼を信用し始めたからからだった。
 人は上手に嘘をついているようでも、あっちで言う話とこっちで言う話が違ったり、以前聞いた話と食い違う箇所が出てきたりするものだ。彼にはそれがなかった。私が紹介した人に会う時は必ず事前連絡と事後報告を、こちらがうるさく感じるくらいにくれたぐらいだ。
 その彼が「北海道で牧場を経営することになった」と北海道に渡ったのは知り合って1、2年した頃だった。
 投資もし、アドバイスもしていたが、なかなか進まないので自ら実行することにしたようだ。北海道に渡ってからも経過報告をまめにくれた。私はその件に一切関わっていなかったし、なにも関係ないにもかかわらず。

人間不信に陥る

 ところが、しばらくして借金の申し出があった。
「ネパール人も来日し研修も始めているが、手違いがあって牧場の土木工事がストップしているんやわ。嫁さんに送金してくれと言ってるんやが、実は嫁さんとうまくいってないんや。それで、意地悪をして送ってくれんのやわ。しゃあないから、話をつけに帰ろうと思うんやけど、その前に工事代を払らわな工事が進まへんのや。済まんけど、ちょっと貸してくれへんか」
 少し合点がいかないところもあったが、妻の入院中ずっと電話をしてきてくれ、その電話で随分励まされたので、彼が困っている時には助けてやらなきゃあと思い、なんとか都合することにした。
「あのな、年金(用に積み立てているもの)を解約してまでせんでもええで。無理するなよ」
「いや、大丈夫や。なんとかなる。その代わり送るのは週明けになるよ」
「済まんな。ほな借用書を送るから」

 来週に送るとは言ったが、週末までに送ってやった方が喜ぶだろうと思い、翌日送金し、ケータイに電話をしてビックリした。
 なんとケータイも事務所の電話も止まっていたのだ。
私に借金の申し出をした時にはすでに電話が止められていたわけで、私は最初から欺されたことになる。
 この時は悔しかった。情けなかった。まさか、という思いだった。
あんなに律儀な男だったのに、最初から私を欺そうとしたのかと思うと、もう人間は信用できないとまで思った。

8年後にかかってきた電話

 それから8年。そんなことがあったことすら忘れていたが、突然見知らぬ相手から電話がかかってきた。
「いま電話をしても大丈夫ですか」
「どなたですか」
「あの・・、Yやけど」
「えっ、Yさん?」
「実はあの後ネパールに行っててな。なにを言うても言い訳になるけど、帰ってきたんであんたにも精算せないかんと思うて、連絡さしてもろたんやわ」
「そうか。あんたはエライわ。ほんまによう電話してくれた。電話してくれたことがなによりうれしい。あの時、最初から俺を欺そうと思ってたんかと思うと、人間不信になってたんやけど、ほんまにあんたはエライ。よう電話してくれた。それがなによりうれしいわ」

 8年も前の借金である。恐らく10人中9人か10人は知らない振りをしているだろう。気になっていても、いまさら電話もできないだろう。仮に私が彼の立場だったら電話をしただろうか。恐らく私も知らぬ振りを決め込んだと思う。それを彼は忘れずに電話をしてきたのだ。
 妻の他界後、私は事務所を移転したから、当時の電話番号は通じないし、アナウンスももう流れない。それを調べてまで電話してきたのだから、返さなければというよほど強い意志がなければできないことだ。

 電話を受けた時は運転中だったので、再度夜に電話をしてもらうことにしたが、彼の申し出は全額一括ではなく「毎月3万円ずつ」だった。了解した。
その翌日、いま振り込んだので確認してくれという電話があった。
相変わらず律儀に連絡してくる男だった。
 いまの日本、人を見たら泥棒と思え、といえば言い過ぎかもしれないが、親子兄弟が殺し合い、教師が生徒を虐め、警察官が犯罪を犯し、銀行員が客の金を使い込むほど荒んである。そんな時に実際に体験したちょっといい話。まだ人間は信じられると思わせてくれた彼に感謝したい。


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