閑古鳥鳴く地方都市駅前でコーヒー一筋、
借金を返済し、ビル、自宅を建設する
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誰しも同じかも分からないが、若い頃は地方が嫌いだった。理由は目新しさ、面白さがないからである。ところが近年、地方に行くのが楽しみになった。もしかすると、それは自分が歳を取ったということかもしれないが、それだけではないような気もする。
ただ言えるのは、最近、見方が変わったということであり、その結果、いままで見落としていたことに注意を払い出したということだろう。すると、思わぬものに遭遇することがある。この時もそうだった。
閑古鳥鳴く駅前に喫茶店
岡山県の某地方都市の駅前に小さな喫茶店がある。昔ながらの、そう「Always三丁目の夕日」にでも出てきそうな、かつてハイカラ(という言葉が似合う)だったに違いない喫茶店が。
昔、駅前は1等地だったが、いま地方の駅前は例外なく寂れており、シャッターが閉まったままの商店か更地、自動販売機ぐらいしか見当たらない。そんな場所に喫茶店があったから、ちょっと興味を持った。
「喫茶さくら」という店名からして歴史を感じさせるが、一見客が店内に足を踏み入れようかと思わせるインパクトは外観からも感じられなかった。それでも中に入ったのは列車の時間まで20数分あったのと、その日があまりに寒くて暖を取りたかったからだ。
「いらっしゃいませ」。ドアに手を掛けた瞬間、店内から男性の明るい声が聞こえ、とりあえず中の様子だけでも伺ってからと逡巡している客の気持ちを店内に引き込んだ。
実はこの店、外ドアと内ドアの2つがあり、声を掛けられたのは外ドアの前に立った時だったから、店主は常に外ドアの方に気を配っていたことになる。
店内はカウンターの外にテーブル席があり、収容人数は25人程度。テーブル席中心の構成であり、私も窓際の席を選んで座りかけたが、カウンターにいくつか並べられたサイフォンと、店主の言葉でカウンターの方に座り直した。
テーブル席に荷物を置き、コートを脱ぎながら「コーヒーを」と注文する。
「苦味がある方がいいですか、まろやかな方がいいですか」
えっ、予期せぬ言葉に一瞬戸惑いながらも「まろやかな方を」と注文する。
戸惑ったのは、どこでもよく聞く「ブレンドですね」という返事ではなかったからだ。
もしかすると・・、そんな予感がした。
コーヒーにこだわっている店なのだ。そう感じたからカウンターに席を移した。
こだわっているはずだが、さり気ない。それがまた気に入った。
コーヒーを出し続けて65年
コーヒーが出てくるまでの間、店内を見回す。
「創業1946年 馥郁の香りを出し続ける」
カウンター横の額に入った文字が目に止まる。
「馥郁の香り」という表現が気に入った。
そう、人がコーヒーに求めるものはこれなのだ。
スターバックスなどで飲む紙コップ入りのコーヒーではなく、香りを楽しむゆっくりとした時間だ。現代人は忙しさにかまけて、時間を楽しむことを忘れている。主役は「時間」でコーヒーではない。コーヒーは主役の「時間」をより楽しんでもらうための脇役。でも主役を引き立てるのは脇役の存在である。脇役の出来不出来で、主役が輝くかどうかが決まる。
「65年ですか? ということは2代目ですね」
「はい先代が始め、私になってちょうど40年です」
「スゴイね〜。失礼だけど昔と違って、いま喫茶店をやるっていうのは大変でしょう」
「はい、大変です」
「3代目は難しいかな。2代で終わりにしますか」
「いや、3代目はおるんですよ」
「ほう、それはよかったですね。跡を継ぐと言いましたか」
息子は横浜で有名フランス料理店でシェフをしており、喫茶店を継ぐつもりはないらしい。だが、孫がパティシエになるというので3代目は孫に期待している、と言う。
出てきたコーヒーを飲みながら、そんな会話が進んだ。
「その時は1階をケーキにして、2階を喫茶にしようと思ってます」
話の中で分かったのは店舗ビルは自社物件で、2階はテナントに貸していたということ。ただ、そのテナントも昨年撤退したので今は材料置き場にしているらしい。
これでやっと謎が解けた。
地方の駅前で、軽食も出さず(モーニングセットはあったが)、コーヒーだけの喫茶店が成り立っている理由が。テナント収入が中心で喫茶はマイナスでもよかったのだ。言葉は悪いが、喫茶は店主の道楽か、と。
そう質してみると、全く予期せぬ言葉が返ってきた。
「喫茶だけでやれるんです」
「えっ、喫茶だけで? テナント収入がなくても?」
一瞬耳を疑った。さすがにこれは冗談だろうと思ったが、喫茶だけで店舗ビルと自宅を建設し、いまもそれで生活していると聞けば信じるしかない。因みに店舗ビルの建設費は5000万円、自宅3000万円とのこと。
「それはすごい。しかし、大変だったでしょう」
「いやー、それは大変でしたよ。自分でもよくやったと思います。私がこの店をやり始めてちょうど45年目ですが、40年間でそれだけやりましたから」
恐らく寝る間もなく働いたに違いない。
コーヒーだけで稼いだ1億1000万円
驚いたのはこれだけではなかった。65年前に喫茶店を開業したのは現店主の父で、それまでは散髪屋をやっていたらしい。それが戦後間もなくコーヒーに目を付け喫茶店を始めたのだ。
「当時は豆を神戸まで買い付けに行っていたようです」
「ハイカラだった親父」は目先が利いたようで、喫茶店だけでなくダンスホールなどを次々に手がけ、一時は非常に羽振りがよかったらしい。
しかし、好事、魔多しとはよく言ったもので「手を広げすぎて倒産」。その時の借金3000万円の負債も、喫茶店のその後の売り上げで返したと言う。なんと合計1億1000万円をコーヒー一筋で稼いだことになる。これにはビックリした。
コーヒー1杯の値段は450円。朝はモーニングセットがあるが、その外はせいぜいケーキぐらいで、軽食もない。まさに脇目も振らずコーヒー一筋で頑張ってきたのだ。
たしかに喫茶店が流行った時期もある。それにしてもコーヒーの売り上げだけで1億1000万円を稼ぐのは並大抵ではなったはず。夫婦2人で店を切り盛りしているとはいえ、中心商店街はいま郊外のショッピングセンターに移り、駅前での商売は決して楽ではないだろう。
それでも「喫茶の売り上げで生活できている」秘訣は何なのか。もう一歩突っ込んで聞きたかったが、あいにく列車の時間が来たので、そこまでは聞くことはできなかった。
ただ、言えるのは、目先を利かして次々に多角化するのも方法だろうが、一つことに徹すると案外道が開ける。ビッグではなく、スモールだからこそ生き残っていける道もあるということではないだろうか。
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