栗野的視点(No.774) 2022年9月2日
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方言と地方を復権させるか、藤井の「風」
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岡山県に「里庄」という町がある。岡山県南以外の人で、この字を見て正しく読めた人はよほどの「通」に違いない。私はこの町の存在をごく最近まで知らなかったし、町名の文字を目にして「りしょう」と読んでいたぐらいだ。正しくは「さとしょう」と読む。
方言の復活は文化の復権
里庄の歴史は古く、1905年(明治38年)に里見村と新庄村が合併して里庄村が発足し、その際に合併前の両村の名前から1字ずつ取って村名を「里庄」とした。
小さな町だが、最近あることから全国的に知られるようになり、この小さな田舎町を訪れる人達が増えているらしい。「聖地」訪問が目的のようで、町には聖地訪問タクシーが運行を始めるなど、かなりの経済効果を生んでいる、と聞けば、訪問者はアニメの聖地を巡る若い女性と思いがちだが、町によると聖地巡りに訪れる人は30〜50代の女性が中心とのこと。
こんな小さな町の何が人気なのか、ということはもう少し後にし、里庄町のことを少し。
人口1万人少々の小さな田舎町だが、倉敷市や広島県福山市に近く、それらの市のベッドタウンになっている。それ故、田舎の過疎の町を想像すると少し違うが、行政区は市ではなく郡。岡山県浅口郡里庄町で、かつては同じ郡内の鴨方町、金光町、寄島町の3町は合併して浅口市を発足したが、里庄町は合併に参加せず浅口郡のまま。その結果、浅口郡で唯一の自治体となっている。平たく言えば浅口郡=里庄町である。
里庄町出身の著名人といえば仁科芳雄博士を想起するに違いない。特に理系の人間は。仁科博士は日本の現代物理学の父と称されているが、物理学に無縁な人にとっては誰? という感じかもしれない。
ということは、このところの訪問者数激増は仁科博士の出身地だということがクローズアップされてのことではなさそうだし、「現代物理学の父」に中年女性が夢中になるとも思えない。
里庄出身の有名人がもう1人いる。最近、人気急上昇で追っかけまで現れている「藤井風」だ。方言丸出しで喋り、音楽的才能は抜群。追っかけで、彼「藤井風」の追っかけで、「風」の出身地にやって来、「風」が立ち寄った先や、「風」が写真に撮ってネットにアップしている場所や店、施設を訪ねているらしい。これを「聖地」訪問というらしいが、そのための観光タクシーまで町に出来たのだから経済波及効果は計り知れない(?)。
因みに藤井風は「ふじい かぜ」というシンガーソングライター。ご存知の方には蛇足だろうが、中高年世代で、そちら方面に疎い方のために、さらに蛇足を付け加えると「風」は本名らしい。
まあ、その辺の説明は本稿とはあまり関係ないわけで、私が面白いと思ったのは、彼が岡山弁(備中弁)丸出しで喋り、有名になった今も方言をそのまま使っていることだ。
これは稀有な存在と言える。というのは大抵の人間は売れ始めると標準語に近い東京弁を使い出す。それがステータスの証しであるかのように。方言で喋るのはせいぜい地元に帰った時ぐらいだ。
その点、彼は売れ出して間がないからなのか、1人称を「儂(わし)」と言い、備中弁丸出しで話しているようだ。
「儂」と言う表現は私が生まれ育った美作(みまさか)の国でも使っているし、備前、備中、備後、つまり現在の岡山県、広島県辺りではよく耳にするが、調べてみると近畿から四国(瀬戸内側)、九州の一部まで広く使われているようだ。特に年配の男性には。
話は少し横道に逸れるが、食事中に私が時々使う「しわい」という表現が大分出身のパートナーには分からないようで、説明を求められたことがある。「この肉(あるいは野菜)はしわいな」というような使い方をするのだが、「しわい」というのは岡山県、島根県辺りで使われている方言(もしかするともう少し広い地域で使われているかもしれないが)のようで、「なかなか噛み切れない」状態の時に使う。硬くて噛み切れないのとは違う。例えるならホルモンなどの弾力性がある肉とか、筋がある野菜などで、噛んでもなかなか噛み切れないような状態を想像してもらえば、比較的近い感覚かも。
「儂」に限る話ではないが、方言が段々使用されなくなっている。それについては後述するが、方言は地方の文化である。それが使われなくなり衰退していくことは地方の文化が衰退していくことを意味する。
こうした動きは日本だけでなく世界で見られるようだが、とりわけ日本では加速している。
方言を忘れてか、使わず、有名になると誰も彼もが標準語っぽい東京弁を喋っていく中、堂々と備中弁で通す藤井風が脚光を浴びる「風」現象は、多くの人が方言を見直し、地方を見つめ直すきっかけを作る一陣の爽やかな風になるかもしれない。
(2)に続く
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