財務官僚に洗脳された菅内閣
菅は戦略より戦術、政策より政局に強い男である。目先に敵が見えていると、がぜんエネルギッシュになるが、敵が見えないと眠ってしまう。そのため常に敵を作り出し、その相手に向かって攻撃をするように自らを仕向けなければならない。要は具体的な目標が目の前にないと走れないタイプだ。
参院選の最中、唐突に消費税アップを言い出したのもそのためだが、ここにもやはり小泉の影を感じる。
小泉が首相になる目的は郵政民営化の実現だった。結果、長期政権を築いた。菅はそれに習おうとしている。ただ、小泉が首相になる前から郵政改革に執着していたのに比べ、菅は小泉に習って急拵えで目標の設定をしたという点が大きく違う。
参院選の最中、目立った争点がない(それは第一次菅内閣の特徴がないことと同意義だが)ことに気付いた菅は自分が「首相になって何が変わったのか」を考えたに違いない。まだ何も変わってない(何もしてない)。このままでは自分が首相になった意味がない。何かしなければ、と考えたのだろう。そこで打ち出したのが小泉のやり方に習った「消費税増税」だった。
「消費税」は危険だった。過去、消費税に触れた首相は皆辞任に追い込まれていた。そのことを知らぬはずはない。しかし、だからこそやりたかったのだろう。
小泉が第1の影だとすれば、第2の影は財務省である。
ミイラ取りがミイラになる例えがあるように、実体がしっかりしてない人間ほど影に操られる。
第一次橋本内閣で厚生大臣に就任した時は、薬害エイズ事件の処理で活躍したが、この時は官僚を信用していなかったからできた。ところが鳩山内閣で財務大臣を担当するようになると、とたんに財務官僚から吹き込まれた国家財政破綻説を信じ、選挙期間中にいきなり消費税増税を言い出した。そして今度は「平成の開国」である。
どちらも小泉の「郵政改革」に習ったものだろうが、良くも悪くも小泉の「郵政改革」とは思い入れが違い、付け焼き刃的な感は否めない。
しかし、菅にとってプラスなのはマスメディアが両政策の後押し的な報道をしていることだ。
小泉郵政改革の時もそうだったが、なぜ必要なのか、本当に必要なのか、どこまで必要なのか、世界の動きはどうなのかといったことに対する報道を真剣にせず、「改革」を煽ったマスメディア。それどころか「改革のためには国民の痛みも必要」ということまで煽り、その結果残ったのは「国民の痛み」の部分だけが大きかった。今回も同じ構造で動いているマスメディアに危険性を感じる。この国のメディアは、意図してかそうでないかは別にして常に政府の宣伝役でしかないのだから。
人は見た目で騙される。悪人顔で近付いてくる相手には警戒感を抱くが、笑顔で近づいてくる詐欺師にはコロッと騙される。
「改革」「開国」など耳当たりのいい言葉には注意が必要だ。
それによって誰が、どこの国が、得するのかをしっかり見極めなければならない。
消費税増税はなし崩し的に進められていい話ではない。
税は取りやすいところから取ろうとするのが国のやり方だ。民主党政権誕生時に当時の鳩山首相は「4年間は上げない」と明言した。そのことを民主党政権も国民も忘れてはいけない。
もう一つ、「歳出削減」と「予算組み替え」をしっかりやるのが先で、事実、民主党はそう言っていた。それが気が付いたら歳出削減と予算組み替えは中途半端なままで、消費税増税のみを突っ走ろうとしている。これは明らかにおかしい。
なぜ歳出削減と予算組み替えが不十分なまま終わっているのか。それはこの2つをどこが実質的に行なっているのかを見れば明らかだ。財務省である。
特に菅内閣になってから予算編成は財務省に丸投げになった。これでは歳出削減などできるはずがない。削るよりは歳入増を、それには消費税アップが一番手っ取り早い、と財務官僚が考えるのは当然だ。後は首相を説得(洗脳)すればいいだけだ。ところが本来、脱官僚政治を行う予定だった民主党政権は脱は脱でも脱小沢の方に熱心。
なにも高尚な理論や、ややこしい説明などするまでもなく、耳元で「このままでは日本もギリシアのようになる」「小泉さんのように後世に名を残す総理になれる」と囁くだけでよかったのだから、こんなに与し易い政権はない。
ともに財務省と関係が深い与謝野馨経済財政・税と社会保障担当相、藤井裕久官房副長官を入閣させたことからも、菅が消費税率アップという目先の目標に執念を燃やしだしたことがよく分かる。
菅は市民運動出身といい、「脱小沢」を標榜する割には党内議論、政府内議論を尽くさないようだ。消費税、TPP(環太平洋経済協定)といった国民生活、国家戦略に直結する重要事項は少なくとも唐突に言い出すべき事柄ではない。
TPPに関して言えば「平成の開国」という耳当たりのいい言葉で、明治維新の開国とイメージをダブらせているが、どこの国でも農業など基幹産業分野に関しては保護主義政策をとっている。
農家への戸別補償制度は民主党政権のバラマキ政策と評判は悪いが、関税障壁を下げる以上、自国の産業保護政策と一体化してやるのは当然だろう。
一部に大規模農業を導入し、農業の競争率を上げれば諸外国に輸出することができるという議論があるが、これは一面的で、農業補償をしっかりせずにTPPに突っ走ると、日本の農業は壊滅的な打撃を受けるのは間違いない。この問題に関しては別の機会に譲ることにするが、ムードだけで物事を考えるのはとても危険だろう。
最後に第3の影。この影の存在が菅の強気を支えていると思われる。年末、年始休暇後、急に強気になってきたのも第3の影の力ではないかと思うが、果たしてどうだろう。「あなたが首相になって何が変わるの」、あなたは何をしようとしているの、と尻を叩いているお人に聞いてみたい。
(文中敬称略)
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