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映画「クワイ河に虹をかけた男」を観て


 「クワイ河に虹をかけた男」−−。このタイトルを見て読者の皆さんは何を思い浮かべるだろうか。私は映画「戦場にかける橋」がすぐ脳裏に浮かび、ミッチ・ミラー楽団が演奏した映画のテーマ曲「クワイ河マーチ」の行進曲が耳奥に流れてきた。
 このタイトルを目にしたのはKBCシネマという福岡市内にある映画館の上映予告欄。ここはコンプレックスシネマが当たり前になっている今のシネマ業界にあって、スクリーンが2つだけというこぢんまりとした映画館である。そして多くの映画館が興行的に当たる映画をこぞって上映する中で、商業主義・興業主義とは一歩距離を置いた作品を上映し続けていることで知られている。

 最近、私はここで映画をちょくちょく観ているため、時々上映スケジュールを確認しているが、そこで目に留まったのが冒頭のタイトルだ。
 「戦場にかける橋」となんらかの関係があるのだろうとは容易に想像がついたが、2つのことが私の注意をさらに引き付けた。
 1つはサブタイトルというか、映画予告欄の次のような言葉である。

 たった一人の戦後処理。
  アジア太平洋戦争下、旧日本軍が敷設した泰緬鉄道−−
  「死の鉄道」の贖罪と和解に生涯を捧げた元陸軍通訳・永瀬隆の20年の記録


 どうやらドキュメンタリー映画らしいと思ったのが最初の興味である。そしてその時、ふいに「ゆきゆきて、神軍」(1987年公開)が脳裏に過ぎってきた。今村昌平企画、原一男監督のドキュメンタリー映画で、主人公は奥崎謙三。
 彼のことを知っている人は数少ないと思うが、強烈な印象とともに私の脳裏には彼のことが記憶されている。皇居での一般参賀の時、天皇(昭和天皇)に向かってゴムパチンコでパチンコ玉を打った男といっても、そのことすら人々の記憶には残ってないかもしれないが、この事件がきっかけでバルコニーに防弾ガラスが設けられるようになったのである。
 彼のことはこの映画より前に彼が著した著書「ヤマザキ、天皇を撃て!」を読み、知っていたが、その時初めて日本軍が人肉を食っていたことを知ったし、戦争が一人ひとりにいかに深い傷を負わせるのかを知らされた。

 激しい個性の持ち主、奥崎はそれに負けず劣らず激しい憎悪を当時の上官達に戦後、直接ぶつけていく様をカメラは冷酷に追い、記録していったのが上記のドキュメンタリーで、観客として観ていても、カメラを回すことより、殴りかかっているのを止めめなければ相手が死んでしまうぞと芯から恐れたものだ。

 ところで「クワイ河に虹をかけた男」に惹かれたもう一つは制作会社だった。こんなドキュメンタリー映画を作る会社はどこだろうかと思いクレジットを探すと、制作・KSB瀬戸内海放送となっていた。映画制作会社ではなく瀬戸内の地方TV局である。地方TV局が映画目的のためだけに映画を制作するわけはない(資金面からも)から過去にTV放映したものを編集したに違いないとはある程度予想できた。
 それにしてもなぜKSB瀬戸内海放送が、という疑問が次に湧いた。が、その疑問は映画を観てすぐに解けた。主人公の永瀬隆氏が岡山県倉敷市在住だったのだ。
 映像ドキュメンタリーは1年や2年で制作できるものではない。文章なら過去の出来事でも遡って記すことができるが、ドキュメンタリー映像はそれができない。登場人物と同じ時間を共有し、その時を記録していかなければならない。この点がフィクションと違う所だ。
 早い話、根気がいる仕事である。そして共有した時間の長さが作品の質を決めるところもある。KSB瀬戸内海放送はこの作品づくりに20年かけていた。よくぞ作ったと拍手を送りたい。

 さて、映画のあらすじだが、それはオフィシャルサイトに譲るので、そこを一読し、ぜひ映画館に足を運んで欲しい。
 ただ残念なことに、この種の映画は同地域の複数館で上映されていたり、上映期間が数週間から1か月に及ぶということはない。例えば福岡県では福岡市のKBCシネマだけだし、上映期間も11月26日〜12月2日までと短いし、時間も午前9時50分からと早い。

 永瀬氏のタイ巡礼は1964年〜2009年までの間に135回。そのほとんどに(1回目から)奥さんが同行し、135回目を終えた直後、奥さんが他界。永瀬氏自身もその2年後に亡くなった。
 印象に残ったのはタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の国境近くで永瀬氏達を睨みつけていた英国人と思しき男性2人の視線。その視線がここで行われたことの全てを物語っていた。泰緬鉄道建設に従事させられ、この地で亡くなった英国人捕虜の関係者かもしれない。「ああ、なんてこった」とでも言いたそうに、2人の内の1人は頭に片手を置いて後ろを向いたが、その姿に戦争はまだ終わっていない、彼らの中では決着が付いてないのだと思い知らされた。


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