「今年は特に鹿が増えている」と言う。原因はいろいろあるらしいが、よく言われているのが山に食物がなくなっていること。中でも今年は天候不順に猛暑が重なり、野菜類が市場でも品薄になったほどだから、山に食べ物がないのは当然で、山になければ人里に下りて来てでも食べ物を探さざるをえないだろう。「あいつらも大変なんですよ」。鹿捕りの若者がまた少し同情っぽく言った。
人間が彼ら「先住民」を山に追い立て、木を伐採し、棲み処を奪ったのは間違いない。最初は追い立てられ山に籠もっていた彼らだったが、今度は過疎高齢化で畑から人の姿が消えだしたものだから、彼らが領地奪還に動き出したというわけだ。
昔は人の姿を見ただけで逃げ出していた彼らも、人間の力が落ちてきたのを知ると悠々として逃げる風もない。私も一度、立派な角を生やした牡鹿と出遭ったが、鹿は逃げるどころかこちらを見たまま、互いにしばし見つめ合う形になったことがある。やがて人間の方が追われる立場になるかも分からない。
メガソーラーの建設も一因
鹿が増えた原因でもう1つ言われているのがメガソーラーの建設である。最近、地方でよく見かけるのはソーラパネルが設置された光景。工場の跡地はもちろん、農地跡にも黒いパネルがずらっと並んでいる光景は異様ですらある。私の故郷も例外ではなく、あちこちでソーラーパネルを見かけるが、1年ほど前にメガソーラーが建設された。その影響で鹿が増えているという話を聞いた。
メガソーラーと鹿。俄かには結び付きそうにないが、メガソーラーの建設地を考えれば、ある程度分かってくるかも知れない。広大な敷地を要するメガソーラー基地を建設しようとすれば、都会なら工場跡地が考えられるだろうが地方にはそうした跡地はない。あるのは耕作放棄地や休耕田に山野である。そうした土地にソーラー発電基地を建設するとなると大した反対なしに地主は土地を提供する。建設する方は都会に比べてうんと安い金額で土地を手に入れられる。というわけで地方にメガソーラーがお目見えする。
さて、鹿の方だ。メガソーラー建設エリアはもともと彼らの生息地だった場所である。そこに巨大なパネルが現れれば、彼らはまたまた棲み処を奪われる、野ではなく、その逆だ。
確かに建設中はさらに山奥や他の場所へ追いやられるだろうが、建設された後はそこが安全な居場所になる。
ソーラー基地は建設後、無人監視システムで人は滅多に来ない。つまり人間に脅かされることなく安心して暮らせる「安全な」場所というわけだ。そこはソーラー基地でもあり、鹿達動物にとっての基地にもなり、鹿の繁殖が促進していると言うのだ。
まあ、鹿達にとっては自分達の領域を取り戻したという感覚かもしれないが。それにしても「環境にやさしい」太陽光発電が自然破壊をしているというのはなんとも皮肉な話だ。
欲深い人類の罪
耕作放棄地が増えたり、過疎化で無人に近い集落が増えるに従い、今まで山奥に追いやられていた動物たちが里に出没するようになったのは全国どこでも見られる光景のようだ。動物たちにとっては木の実より人間が植えている野菜や果物の方がおいいしいだろうし、一度その味を覚えると、それらを求めて人里へも近付いて来るようになる。しかも昔に比べ怖い人間の数が減っていると分かればなおのことだろう。
出没するのは鹿やイノシシだけではない。子供の頃はクマの話など聞いたことがなかったが、近年はクマも出ると言うし、最近は猿が集団で現れるとも聞いた。一番厄介なのが猿らしい。
いずれも根本にあるのは開発という名の無秩序な自然破壊と地球温暖化に関係した気候変動。これらは一朝一夕に解決できるものではないが、解決して行かなければ、この星に住み続けることは難しくなる。
唯一の解決策は人類が欲を捨てることだが、それはほとんど不可能に近いだろう。口を開けば「温暖化防止」「二酸化炭素削減」と言うが、それを実践している人は非常に少ない。誰も彼もが「総論賛成、各論反対」で、便利な生活を手放そうとはしない。
今回のCOVID-19で地方移住が進むかと言えば、ほとんど変化ないだろう。やはり人は都会の便利な生活を手放さないに違いない。大体、東京にいて「地方再生」とか「私は地方出身だから」という政治家の言葉ほど信用できないものはない。
リモートオフィス、リモートワークを他者や企業に勧める前に、霞が関の官庁を地方に移転して、見本を示せと言いたい。そうすれば国民が「菅々しい」、いや間違えた清々しい気持ちになれると思うが。
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