企業の論理で殺される「公共」
分野を問わず新規参入が歓迎されることはない。それでもまだ循環バスの場合は既存企業の収益をそれほど脅かす存在にまではなってなく、ある程度大目に見ていたのだろう。ところが岡山市中心部と西大寺を結ぶ路線は両備バスグループの「ドル箱路線」。そこに参入すると言い出したから両備グループの怒りが収まらない。
「バス事業は30〜40%の黒字路線で残りの赤字路線を維持している。黒字路線に新規参入されれば赤字が膨らみ、全体を維持できなくなる」(両備グループ・小嶋光信会長)
なるほど。言いたいことは分かる。
1.バス事業は儲からない事業。
2.黒字路線は30〜40%で、それ以外は赤字。それでも路線維持しているのは公共交通の使命感からだ。
3.数少ない収益路線に他社の参入を認めればバス事業は全体として赤字になる。4.それでも他社の参入を認めると言うなら、我々グループ企業も生き残るために、お荷物の赤字31路線を廃止する
というのが両備グループの言い分である。
この言い分をバス利用者、市民が「その通り」と賛同するかと言えば疑問だ。私が直接市民に尋ねた範囲では両備グループの言い分を支持した人はいなかったが、一部には同調する声もあると言うからなんとも不思議だ。
繰り返し述べるが、31路線をいきなり、一斉に廃止するというのは暴挙以外の何物でもないし、公共交通サービスの使命など微塵も考えていない。にもかかわらず、両備グループの動きに理解を示す人とはどういう人達なのだろうか。
マスメディアが両備グループに批判的な報道をしないというなら、それは分かる(理解するという意味ではない)。TVであろうと新聞であろうと主要な収入源は広告費で、そこを絶たれると困る。地元大企業の部類に入る両備グループは各媒体にかなりの広告料を払っているはずで、彼らが大スポンサーに楯突くことなどできるはずもないからだ。
「めぐりん」の新路線開設と、それに抗議して31路線廃止を発表した両備グループの動きに敏感に反応したのは両備バス労働組合だ。
賃金低下や雇用不安に対する会社側の回答が不十分として4月26日、ストを実施。当初予定では午後1時〜4時までの運休ストだったが、同日会社側が3年間は賃下げしないと約束したため、バス乗車運賃を徴収しない集改札ストへ切り替えている。
運賃を徴収しないのだから会社側へは運休ストと同程度の圧力になる一方、利用者はタダで乗れるのだから文句が出ない。なかなかうまい方法だ。
私はかねがね八晃運輸の動きは面白いと感じていて、いつか取材をしたいと考えていた。そこで八晃運輸の成石社長に直接取材の申し込みをした。
聞きたかったのは新路線への参入動機と、バス事業の今後についてどこまで考えているかという点だった。
なんといっても八晃グループはバス事業の経験はまだ6年
かそこらしかない。公共交通の使命をどこまで感じているのか。企業としての認識があるのかどうか。
平たく言えば儲かるから参入しただけなのか。もしそうだとすれば儲からなくなれば簡単に撤退してしまう可能性がある。企業としての本気度を知りたかったが「両備グループが裁判を起こしているので、この時期に一方の関係者が取材で何か話すのは遠慮したい」と断られた。
結局、この騒動はどうなったのかといえば「めぐりん」は申請通りに運行を開始し、一方の両備グループはといえば中国運輸局を相手取って申請認可は不当だとする訴訟を起こしている。赤字31路線の廃止届けは後に撤回はされたが。
傍目にはちょっと不思議に見える「騒動」だが、両備グループの方が分が悪いのは間違いない。少なくとも理に照らして考えれば、企業の論理を前面に出し「公共」を殺しかけた側が支持されるはずがない。それでも両備グループの「暴挙」に一定の理解を示す向きがあるというのはなぜか。
買い物をする時、人は安い方を必ず選ぶわけではないし、安ければ必ず売れるわけでもない。品質やサービス、産地等が加味され、そこの良し悪しも問われてくる。「めぐりん」の新路線が利用者に支持され、定着するかどうかは八晃運輸グループがそのことを自覚し、自らの質を高める努力をするかにかかっているだろう。
それにしても近年、「公共」が軽んじられる風潮がある。それともこの国には元々「Public」という概念自体がなかったのかもわからない。儲かりそうと思えば猫も杓子も群がり、いままで何度、市場を潰してきたことか。そして今度は採算性が悪いとなると「企業が潰れると元も子もなくなる」という論理で、赤字部門をいとも簡単に廃止してきた。
そこにあるのは資本の論理だけで、企業の社会的責任などないように見える。例えば今鉄道会社が競って走らせている豪華列車。一部富裕層しか乗れないような列車を走らせるなとまでは言わないが、そこで上がった収益をせめてローカル線に回すぐらいのことをしたらどうか。ローカル線はどんどん間引き運転か廃止しながら、その一方で豪華列車を造り、走らせることに矛盾を感じないのか。感じないとしたら悲しいことだ。
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