後継者不足より深刻な後継者選びの問題(3)
〜トップに居座り続ける都合のいい理由


 それはさておき、以下に2つの例を紹介する。
 1つは「うどん県」に倣って、温泉をテーマに「○○県」と称し、ユニークな自治体CMを流している九州の某県。そこのデパートに「中興の祖」と言われた経営者がいた。創業一族ではなく、いわゆるサラリーマン経営者だ。彼(故人)は「生涯現役」といってもよく、80歳を過ぎても杖を突きながら現場を見に来ていたというから驚いた。いや、頭が下がる。
 社長を務めたのは57年〜89年の32年間。これだけでも十分長いと思うが、その後、代表取締役会長、代表取締役相談役とずっと代表権を持ったままだった。「経営の神様」と言われた松下幸之助氏でさえ相談役の時は代表権を持たないただの相談役だったから、代表取締役相談役というのは私の目には異常に映った。

 私が同デパートを取材したのは2002年か3年。中興の祖と呼ばれたカリスマ経営者の2、3代後のO氏が社長に就任して間もなくの頃だったと思うが、「中興の祖と言われるK氏の実質トップ在任期間が長かったですね。あんなに長いと色々弊害が出てくるでしょう」と水を向けると、明言こそしなかったが「私は長く社長に留まらず、次に譲るつもりです」と暗に長期政権の弊害を認めたのが今でも記憶に残っている。
 O氏の社長在任期間は6年。前轍を踏まないと心に決め、それを実行したのは見事だった。とはいえ、O氏も権力の呪縛からは完全に解放されず、その後、代表権を持ったまま相談役にまでなっている。代表取締役はせいぜい会長までにしておくべきだ。なにも自ら好き好んで老害にならなくていいだろう。

トップに居座り続ける都合のいい理由

 もう1つは福岡市のシステム会社。地元放送局と電機メーカーの共同出資で設立された会社で、トップは放送局からの天下り。同社のT氏は転職組だが、ほとんどプロパー社員と変わらなかった。私が同氏を知った時は専務取締役だったが、それから間もなく代表取締役専務になり、さらに代表取締役社長へと登り詰めた。
 能力があり人当たりもよく人望もあったので社長になるのは当然と思っていたが、本人もその気満々なのは専務時代に「早く代表権を寄こせと言っているんですよ」と半ば冗談めいて言っていたことからも分かる。
 私自身も彼は早く代表権を持つべきだと思っていたし、多少そうけしかけもしていたが、程なく希望通りに代表取締役専務になった。代表権を握り裁量権も大きくなったのだろう、それから同社の業績は拡大していった。やがて代表取締役社長に就任。親会社の天下りポストは代表取締役社長から代表取締役会長に替わった。

 同氏が代表権を持つようになって19年がたった頃、会社設立40周年記念パーティーの案内に呼ばれた。即座に考えたのは40周年を花道に引退するのだろうということだ。
 たしかにT氏の功績は大きいが代表権を握って19年。オーナー経営者でもないサラリーマン社長にしては長すぎる。ここらが引き際。次にバトンタッチすべき時期だろう。
 「権不10年」ではないが、どんなに優れた経営者でもトップの座に20年近くもいれば、裸の王様状態で周りはイエスマンだらけになる。おまけに功績大となれば、社内外から聞こえてくるのは賛美の声だけ。かくして「カリスマ」「名経営者」と呼ばれる人達が道を踏み外していく。そうなる前に後進に道を譲るべきだと思うが、悲しいかな足るを知る人間は少なく、もっと、もっとと欲が出る。

 T氏の場合も例外ではなく、辞めることなどサラサラ考えてないようで、まだまだやる気十分。そんな彼にちょっと辛口を叩いてみた。
「Tさんの後継者は決まっているんですか」
「決まってますよ」
「誰ですか」
「紹介しましょうか。Iですよ」
「えっ、Iさん。Iさんなら知っていますよ。以前、次は彼だと言われていたI部長でしょ」
「ええ、そうです。いまは常務ですけどね」
「彼はいくつですか。もう50は過ぎてますよね。50半ば。そうですか。では、もうバトンタッチですね。今日はその発表もあるのかと思ってましたけど」
「いやあ、取引先がまだお前がやれって言うもんですから」
「でも、代表権を握ってもう19年はたつでしょ。ご自分が代表取締役になったのは40代なんだから」
「私に辞めろというんですか」
 そう言うと近くに居た人を引っ張ってきて、私に押し付けながら
「この人は私に辞めろ辞めろと言うんですよ」と笑いながら、その場を離れて行った。

 いや、私は「辞めろ」と言っているわけではない。優秀な経営者だと認めているし、早くから次の後継者候補も決めていたようだから、後継者の年齢を考えても、もうバトンタッチする時期ではないかと考えただけだ。このままトップの座に居座り続けると自身が以前言っていたこととの整合性も取れなくなるし。

 結局、T氏はその後も辞めることなく代表取締役会長まで務めて引退したようだが、会長就任も引退挨拶も彼から来ることはなかった。
 後日談だが「いま辞めたら親会社から天下りで会長が来る。それは阻止しなければならない」と言っていたから、会長までトップとして君臨するのは本人にしてみれば既定路線だったのだろう。

 人は変わるものである。いい方にも悪い方にも。願わくばいい方に変わりたいと思うが、自分では真っ直ぐ進んでいるつもりでも少しずつ歪んでいくというのはままある。
 「君子は豹変し、小人は面(おもて)を革(あらた)む」。先代存命中は言葉巧みに近づき、表面だけは従う態度をとっているが、先代が亡くなり息子が跡を継いだ途端、本性を表し庇と母屋を取り替える者がいないとも限らない。後継者を見る目を養うのは難しいとつくづく感じる。
                                                 (4)に続く

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