コロナ禍で静かに、着実に進むソフトファッシズム(3)」
〜メディアが煽る、いつか見た景色


メディアが煽る、いつか見た景色

 彼らに比べれば高島・福岡市長の言っていることはうんとまともだ。
「ロックダウンした場合の補償を議論してこなかった日本では相当難しい」
「緊急事態宣言が駄目だから、ロックダウンという言葉であおるフェーズは終わっている。みんなが協力しやすいような環境整備をすることが重要だ」
と彼は続けて述べている。
 白状すれば、彼が市長に初めて就任した時、私は期待も評価もしていなかった。目立ちたがり屋で、新しもの好きの若い市長ぐらいにしか、申し訳ないが、思っていなかった。1期目の市政は、その指摘は当たらずと言えども遠からずだったのではないか。
 しかし、地位が人を作る、と言われるように、2期目になると市長らしくなってきた。そして今回の発言である。私は高島市長を見誤っていたのかもしれないと率直に反省している。少なくとも今回の発言は見直した。

 今メディアに登場する人たちが頻りに口にし出しているのが「ロックダウン」「罰則導入」だ。
 いつか見た景色で、非常に不気味なものを感じる。しかし、人々の反応は弱い。というより、そうした意見に同調する声が増えているようにさえ感じる。
 今回はウイルスが相手だから強権発動やむなしと考えているのかもしれないが、それがファッシズムに突き進む第1歩であることは過去の歴史が示している通りだ。

 最後にミルトン・マイヤー著「彼らは自由だと思っていた」から1節をちょっと借用して紹介する。原文そのままではなく彼が書いた「ナチス」を「権力者」、「共産主義者」を「夜の街」などに読み替え、マイヤー風に紹介してみよう。

 権力者がパチンコ店を攻撃した。
 彼はやや不安になったが、パチンコ店ではなかったので、何もしなかった。
 次に彼らは夜の街を攻撃した。
 彼は不安だったが、夜の街ではなかったので何もしなかった。
 それからアルコール提供が攻撃され、飲食店は酒類の提供を禁止され、
 次に4、5人を超える食事会が、レストランが、バーベキューが、
 屋外の飲酒が攻撃され、
 彼はそのたびに不安になったが、やはり何もしなかった。
 そして彼らは外出した人間を攻撃した。
 彼は人混みを避け、静かな公園で友人と過ごしていたが、
 法に違反したと拘束し、罰金を科せられた。
 その時初めておかしいと気付いたが、もう遅過ぎた。
 これはおかしいと声をあげる者は、誰一人残っていなかった


 その時になって気付いても遅すぎる。危険は早いうちに気付き、警鐘を鳴らし続け、行動しなければならない。



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