またもや「番狂わせ」が起きた−−。イギリスのEU離脱に次ぐアメリカ大統領選の結果は大方の事前予想を大きく裏切り、トランプ候補が当選した。かく言う私自身、接戦になってもヒラリー・クリントン候補が勝利するだろうと疑わなかった。それがまさかの大逆転で、トランプ候補が勝利したのだから驚いた。それは私に限らず世界中の良識あると思われている、あるいは自認している人達の共通の感覚ではないだろうか。
なぜヒラリー・クリントン氏は破れたのか。トランプ氏の勝因は何かという分析はマスメディアに任せ、今回は別の角度から眺めてみたい。
トランプ現象の予兆はあった
後世の歴史家は世界政治を語る時、「トランプ以前・トランプ以後」という言葉を使うようになるかもしれない。それほどトランプ米大統領の出現は世界政治に与える影響が大きいということと、政治(家)の質そのものが彼の出現前後で劇的に変わることを意味している。
だが、トランプ氏が世界の政治を変えたわけではない。政治の流れの中でトランプ氏が出てきたわけで、彼、つまりトランプという名前の男でなくても別の誰か、例えばジョーカーでもルペンでもいいのだが、彼のような人物、いままで人々が公衆の面前で言わなかったような極端なことを何の臆面もなく発言したり、他人を口汚く罵るということなどではなく、大多数の人に配慮するが故に腹の底では思っていても言えなかったことをはっきり口にし、なおかつそれを政治の世界で実行しようとする人物の登場を望む雰囲気がアメリカ社会にあったということだ。
これはヒトラー・ナチスが登場した時代背景とよく似ている。そしていま、世界はそのような状況にあるということだ。
これは何もアメリカに限ったことではない。世界の政治で起きているし、我々はその同時代を生きている。直近ではフィリピンのドゥテルテ大統領がそうだし、その少し前に遡れば橋下元大阪市長もそうだ。
いずれにしろトランプ氏のような人物が突然政治の表舞台に躍り出たわけではないということだ。そうしたものを求める時代の雰囲気があるということであり、今後も似たような政治家は続くだろう。
帝国はグローバル化すると滅亡する
トランプ大統領の出現が世界で問題にされるのは彼がアメリカという超大国の大統領になるからだ。これがもっと小さな国、すなわち帝国(1国の枠を踏み出した政治的支配圏)のトップでなければ、これほど世界が騒ぐことはなかっただろう。
しかし、すでにアメリカは経済的にも政治的にも帝国ではなくなっている(まだ残像は多少残っているが)。経済的には工業製品は輸出より輸入の方が多く、すでに工業生産国ではなく消費国になっている。実はこのことがTPP加盟反対と大きく関係しているのだが。
しかもアメリカの多国籍企業が自国に環流させている利潤はアメリカに進出している外国企業がそれぞれの自国に環流させている利潤を下回っている。アメリカの労働者が移民排斥を訴える背景はここにある。アメリカの工業製品が売れなくなっている上に移民が安い労働力を提供し、自分達の仕事を奪っているというわけだ。これでは自分達労働者の賃金が上がらないと怒るのはある意味当然だ。それをエスタブリッシュメントのトランプ氏に託すというのはちょっとおかしな気もするが。クリントン氏ではなくサンダース氏が民主党候補になっていたら、彼ら労働者の票はサンダース氏に流れたのではないかとも思うが、歴史とは皮肉なものだ。
第2次大戦までアメリカが繁栄できたのは帝国的野望を持たなかったからだ。一方、経済(金融資本)は常に拡大しようとする。マグロが常に回遊し続けなければ死んでしまうように、経済は常に拡大することで利潤を生み、そこに自らの存在意義を見出している。
農業にしろ工業にしろ生産には一定の地理的制限を受ける。それを超えようとする時、生産物に代わる代替品たる金融資本がその立場に取って代わる。
貿易は資本の移動(拡大)である。かくして貿易が拡大すればするほど、言い換えれば自国を市場として開放すればするほど、あるいは他国に市場を求めれば求めるほど金融資本は帝国的性格を顕著にしていき拡大(グローバル化)していくのである。
貿易が拡大すればするほど自国労働力の価値は低下していき、自国生産物は、それが工業生産であろうとなかろうと自国外での競争に曝されることになる。その一方で、国内生産は衰退していかざるをえない。
かくして、かつて高度な文明を持ち栄えた国々が、ある日突然(長い歴史の中ではそう見える)遺跡だけを残し忽然と姿を消していく。「神々の指紋」まで遡らなくてもローマやオスマン、モンゴルなど、帝国となりえた国々はすべからず滅亡への道を辿っているのは歴史に見る通りである。それはグローバル化する金融資本(軍事力の拡大と一体になり進む)とは対照的に自国内生産力が衰退するからである。
(2)に続く
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