社会の内向き化で増える犯罪
社会の内向き化は内界の拡大(外在化)により内と外との境界の消滅を招いているが、その結果、人々の欲望と我が儘も拡大し、それが犯罪を生む一つの要因にもなっている。
昨今の犯罪の特徴は短絡的、衝動的、無差別的、自暴自棄的、殺人目的的といえる。一昔前なら考えられないような理由、例えば「急いでいたから邪魔だった」とホームに突き落としたり、「死刑になりたくて」「人を殺せば死刑になると思ってやった」「誰でもいいから人を道連れにしたかった」「人を殺してみたかった」「いらいらしていた。誰でもいいから、はねてやろうと思った」という自暴自棄型・殺人目的的な犯罪が目に付く。
性犯罪に至ってはもっと短絡的で、前を歩いている女性をいきなり押さえ付けて乱暴した(しようとした)という、自分の欲求を満たすためなら時間も場所も相手も構わない犯罪が増えている。
欲しいものはすぐ手に入れたい。内・マイスペースでは望めばすぐ手に入ったし、我慢する必要もない。だから即自的に行動する。自分がいまいる場所=マイスペース(内)だから、なにも我慢する必要はない、という思考だ。
彼らが内と認識した場所は実は境界の消滅による内の拡大認識スペースであり、本来の内ではないのは言うまでもないが、彼らにはその区別がついてない(曖昧だ)。
いま世界中で「ポケモンGO」というゲームが流行っているが、このゲームほど境界の消滅を端的に示したものはない。もはやどちらの世界が現実かバーチャルか分からないし、どちらの世界が現実でも構わないという風潮は今後ますます広がっていくに違いない。
そして「ポケモンGO」がらみの事故は間違いなく増えていく。いくら事前に広報したり、注意を促しても決して減りはしないどころか加速度的に増えていくだろう。そして「ポケモンGO」がらみの犯罪も。
世界が内向きになっている
問題はこうした傾向が世界規模でほぼ同時に起きていることだ。70年代初頭までの世界の潮流はインターナショナル(国際的という意味で使用)だった。民族、国家を超えて世界中が手を取り合おうという、それこそグローバル(地球規模での連帯)を志向していた。だが、それ以降、世界は民族主義が支配するようになり、その傾向は年々強くなっている。
最初にそれが現れたのは共産圏諸国であり、民族を超えた国家、連邦制の崩壊が起きた。続いて発展途上国でも民族主義がさらに強くなり、それまでの枠組みを超えた新たな結束を求める動きとなって現れている。
いずれにしろ世界は団結、連帯といった外向きから、ひたすら自国内の利害のみ考える内向きに変わりつつあるが、すでにアメリカとヨーロッパの、いわゆる先進国の最大関心事は内向きになっている。それを象徴しているのがイギリスのEUからの離脱であり、アメリカのトランプ旋風だ。イギリスのEU離脱はない、というのが当のイギリス国民を始め世界の大方の見方だったが、それは現実になったし、トランプ氏が大統領候補になることはないという大方の見方も覆され、トランプ大統領誕生が1/2の確率で現実になってきている。
いわゆる先進国が保護主義的な動きを強めているのに対し、発展途上国の方はより強く内向きベクトルが働き、従来の国家の枠組みを壊し、民族という枠で再構築しようとしている。
ここで働いているのは内向きベクトルだが、現象的にはベクトルは外向きに働いているように見えるだろう。内への求心力が強大になると、円の周辺部では膨張、拡大が起き、外向(攻)的な力が働いてくるからである。象徴的な動きは習近平の中国であり、南シナ海での「九段線」主張に現れている。
このところ同じ言葉が繰り返し浮かんできては頭を占めている。そして今回もまた。
我々はどこへ行こうとしているのか−−。
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