内向きのベクトルが強くなる被災地
危険に直面した時、集団には2つのベクトルが働く。
一つは内に向かうベクトルで、もう一つは外に向かうベクトルだ。
前者は求心力、後者は遠心力が働く。
今回の東日本大震災でもこの2つのベクトルがはっきりと表れた。
地震とその直後の巨大津波で、すべてを失った人達は茫然自失の後、自暴自棄にな
り、パニク行動に走ったかというと、そうではなく、むしろ逆だった。
被災直後こそ彼らは茫然自失の体だったが、しばらくすると力強く生き出した。
電気、ガス、水道というライフラインが止まり、食料も底をつく中で、互いに分け
合い、庇い合い、助け合って生きだした。
求心力(団結力)が働き出したのだ。
組織力学的に言うと、団結力は外部からの助けが見込めない程、目標が明確にな
る程強くなる。
では、内向きのベクトルが強くなるのはいつ頃からかといえば、恐らく3日〜1
週間を境に変わるのではないだろうか。
外部からのボランティアが被災地に入れない状態が続く中で、被災住民の中から
ボランティア活動をする人達が現われだしたのがその典型だろう。自らも被災者で
ありながら、他の被災者のために力を出しているのだから頭が下がる。特に被災地
の若者がボランティアを始めたのは外部から隔離された集団を大いに励ましている
し、今後の日本の将来にも明るい希望の光を灯した。
今回の避難生活を困難にしたのは季節が冬ということと、ライフライン、中でも
水道の復活、給水に日数がかかったことだろう。
とにかく水さえ出れば生活環境はかなり改善される。保存食があっても水がなけ
れば、それを食べることさえできないし、手足はもちろん、水害で汚れたものを洗
うこともできないのだ。そして一番困るのが排泄物の処理だ。
そういう意味では、「No.372」でも指摘したが、最初に被災地に入る人は小さく
てかさばらないカイロや折り畳み式の簡易トイレなどを被災者のために持ち込むべ
きだだろう。
外向きベクトルでパニック
地震、津波、避難所生活、放射能汚染恐怖の四重苦の中で頑張り、各所で感動の
ドラマが生まれている被災地と対照的なのが、周辺部、中でも首都圏にいる人達の
行動だ。
ここでは外に向かうベクトルが働いている。自己保身、パニック的買いだめ、風
評的情報の流布などがそれだ。
被災住民のことを考えれば多少の不便さは我慢し、被災地に優先的に物資を届け
ようという気になるはずだが、それはあくまで自らに影響を及ぼさない限りにおい
てのことである。
つまり被災者への共感は自らが安全圏にいてはじめて生まれるわけで、今回のよ
うに首都圏で停電の実施という事態が起こり、自らの快適生活が脅かされそうにな
ると共感は影を潜め、代わりに自己保身が働く。
周辺部にいる人達がこうした行動を取るのはある程度仕方ないことだが、そこに
情報の拡散、増幅が起こると、具体的には「どこそこのスーパーで乾電池がなくな
った」とか「原発が爆発しそうだ」というような情報を意図的にか、意図的発信で
はないまでも伝達することによって、人々の間にパニック行動が起き、不安心理か
ら多くの人が買いだめに走ったのである。
こうしたパニック行動は過去にも見られたが、今回はネットの普及という点が違
った。
ネット社会の長所は情報の拡散、増幅を瞬時に行うことだが、今回の原発事故、
停電でもその長所(?)がいかんなく発揮され、人々の不安心理を煽り立てた。結
果、多くの人がパニッック買いに走り、スーパー、コンビニ、商店の店頭から諸々
の商品が消え去った。
驚いたのは首都圏の買いだめが地方都市にまで及んだことである。首都圏で商品
不足が生じたのはまだ分かるが、被災地とは距離があり、停電とも関係ない地方都
市でもなぜ商品不足が生じたのか理解できなかった。それも福岡のような比較的大
きな都市だけでなく、地方都市の小さな町のスーパーでも同じ現象が起きたのだ。
それだけ広範囲な地域で買いだめが行われたわけで、これは異常としか言いようが
ない。
まさにパニック的買いだめ現象だが、首都圏で起きた買いだめが第1現象。それ
が地方都市に移り、第2現象を引き起こした結果、全国的規模での商品不足が生じ
ている。特に単1乾電池、レトルト食品、オムツ、生理用品などはスーパー等の棚
からほとんど消えたし、いまも消えたままだ。
メディアとネット情報が風評を広げる
今回の買いだめパニックは最初に買いだめに走った人、その情報に接して慌てて
店頭に走った人、商品が入手できずに地方の親や親族友人に商品の配送を頼んだ人、
依頼を受け地方から商品を送った人という順で商品を買い漁った結果起きた現象で
ある。
この場合、キーになるのは地方にいて依頼を受けた人である。その人が商品を買
い集めて送らなければ全国規模での商品不足は起きなかっただろう。
なぜ彼らは「被災地の方が不足しているのだから、少しぐらいは我慢しなさい」
と商品配送を依頼してきた自分の身内や友人知人を説得出来なかったのか。それさ
えしていれば、ここまでの品不足は起きなかったに違いない。
ところが現実は逆で、依頼を受けた方は依頼以上の数を買い集め送るものだから
(なんと優しい人達なのだろう。本当に困っている被災地の人達より、やはり身内
が、知り合いの方が気になるのだ)、あっという間に陳列棚が空っぽになってしま
った。
こういう場合、「買いだめをしないで下さい」「冷静に行動してください」と呼
びかけるだけでは不十分で、とにかく商品を供給することだ。
商品が店頭に供給されたり、すでに供給しているという情報に接すれば、不安心
理は抑えられる。
感心したのはパナソニックの素早い行動。深刻な乾電池不足が起きていると分か
るや、同社は海外工場から乾電池を掻き集め飛行機で国内に運ぶといち早く発表し
た(新聞各紙の扱い記事は小さかったが)。
乾電池のように単価の安いものを空輸すれば採算が合わない、というより赤字な
のは明らかだ。にもかかわらず同社はそれを敢行したのだ。いまは物を供給するこ
とが最優先だ、と判断したからで、同社の企業倫理と、パニック現象の広がりを抑
えた素早い行動は高く評価したい。
こうした行動をとったのはなにもパナソニックだけではない。インスタントラー
メンの増産に踏み切った企業や、被災地でのコンビニ店再開に全力を挙げ、全国か
ら被災地のコンビニに商品を供給する手筈を整えた企業などもある。
対してメディアの対応は逆だった。商品が店頭から消えている現象をTV等で繰
り返し流したため、かえって2次買いだめ現象を誘発した側面がある。商品が店頭
から消えたことより、商品の供給に努めている企業の現状を紹介し、消費者に安心
館を与えるべきだ。その方が「買いだめをしないで下さい」と呼びかけるよりはる
かに効果が多いと思うのだが。
人間とは厄介なものである。被災地の現状を気の毒だ、可哀想、悲しいと感じ、
寄付をする同じ人が、もう一方で自分や家族のために買いだめをする。
ほんの少し相手を思いやる気持ちがあれば、ほんの少し24時間快適生活を我慢する
だけで助かる人達がいるのだから。
被災現場から離れれば離れるほど、時間が経てば経つほどベクトルは外に向かう
傾向がある。
意識しなければベクトルは内に向かわない。一人ひとりがあと少し、ベクトルを
内に向ける努力をしようじゃありませんか。
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