「勝つ時は偶然もあるが、負ける時は必然的だ」 と言ったのは知将、野村克也監督である。勝つ時は敵失とか、たまたまなどの不確定要素が入るから、こうすれば絶対に勝てるという方程式のようなものはない。 しかし、負ける時は必然的な理由がある。たまたま運が悪かったから負けたというような偶然性はなく、負けるべくして負けるというのだ。
であるからこそ、人は成功からより失敗からの方がより多く学べるし、前車の覆るを以て後車の戒めとすべきである。 にもかかわらず、前車の轍を踏む人のなんと多いことか。 以下に紹介するのもまさに失敗するべくして失敗した店の例である。
店名に桜の名前を付けた店から一枚の葉書が届いたのは桜が散り始めた頃だった。 その店に行ったのは2月の初め。オープン招待だから、と友人に誘われて行ったのが最初である。 それ以来行ってない。 だから、また来てくれという誘いのハガキだろうと思った。
「櫻が満開となる季節を終え、皆様方に取りましては公私共に慌ただしい毎日をお過ごしの事と存じます」 文面は型通りの挨拶から始まっていた。 「櫻の花を見ながら美味しいお食事とお酒を一杯・・・と楽しんで頂きたかった」 ここまで読んで、やはり営業用の葉書だなと思った。 最近は挨拶文すら出さない店もあるだけに、葉書を送ってくるだけましである。しかし、お義理の挨拶葉書1回だけではどこも一緒。問題は2通目を出すかどうか。そこが客を増やすかどうかの分かれ目、などと考えながら次を読み進んだ。
すると、「閉店」の2文字が目に入ってきた。 一瞬読み違いかと思い、読み直してみたが間違いではなかった。 「三月末日を以って閉店いたしました」 と、記してあるではないか。なんということはない、来店勧誘どころか、閉店の挨拶状である。
開店からわずか2カ月足らずで閉店。 普通なら驚くところだが、「やはり」という思いの方が先に立った。 というのも、当初からこうなる予感がしていたからである。 早ければ3カ月、もって半年。 開店招待に誘ってくれた友人にもそのように伝えていた。
理由はいくつかある。
1.店の入り口が分かりにくい。 これは客商売にとって致命的である。 店側が敢えて入り口を分かりにくくしたのには理由があるのだろう。 恐らくある意味、隠れ家的な雰囲気を演出したに違いない。 誰にでも来てもらう店ではなく、「選ばれたあなたにだけ来て頂きたい店」という選客意識を客に持たせるためにそうしたと思われる。
こうしたコンセプトは店内に入っても貫かれていた。 器は凝っていたし、会席料理の味も悪くはなかった。店内の装飾も「和のテーマ」でしっくりと落ち着いた雰囲気を演出していた。 そして、最後に料理の価格も決してここが大衆を相手にした店ではないと主張していた。
途中でオーナーが挨拶に来たので、店内の雰囲気、器もよく、味も上品でいいことは伝えた。 聞けばオープンに先立ち京都で修行してきたという。 とくれば、流行らないわけはない。 あとは客層が合いさえすれば入り口が分かりにくいのもマイナスにはならない。
2.顧客ターゲットを間違っているか、設定していない。 ところが、である。店内にいた客は20代の若い女性が中心。 これには少々首を傾げてしまった。 この層は店のコンセプト、料理の価格からして顧客にはなり得ない。 にもかかわらず、若い女性達が多いということはいままで若者相手の商売をしていたか、招待券を配った相手が自分の代わりに若い子達を行かせたかである。
前者の場合はいままでの顧客が新しい店の顧客にならないということだし、後者の場合も招待状を配った客との繋がりがその程度でしかないということだ。 とすると、この店の経営者は顧客を持ってないということであり、ゼロから勝負しなければならず、店が軌道に乗るのに少し時間がかかるだろうというのが私の感じだった。 店の内装費に金がかかっているようだから、問題は運転資金がいつまで持つかだ。固定客を早く掴まないと資金がショートするに違いない。
3.経営者の熱が伝わってこない。 その割には話をしても経営者の熱意が伝わってこなかった。 しかも致命的なのは、料理が出てくるスピードが非常にゆっくりしている。 客が手持ち無沙汰にしているのに、次の料理を一生懸命に作るのではなく、カウンターに陣取っている若い女性達とお喋りをしている。これでは新規の客は付かない。
4.料理が出終わるまでに2時間。 なにより「この店が持って半年」と判断した理由は料理が出てくるスピードである。 最後のデザートが出てくるまでに2時間。 いくら会席料理とはいえ、これはあまりにも遅すぎる。 よほど時間に余裕がある人しか来られない。それでも食材と味と店の雰囲気がそれらを補ってあまりあれば別だが、並では一度来た客が二度と来ない。
5.昼のオープンが不定期。 新規オープンで、従来からの固定客も持ってない店は固定客づくりに最も力を入れるべきである。 そのために、昼は宣伝と考えて店を開けた方がいい。 もちろん、その店もそう考えたのだろう。昼食の案内もあった。ところが、そこには「当分の間、昼は予約がある時のみ開けます」と書いてあった。
恐らく昼は開けても客が入らなければムダだから、客がある時だけ開けた方が効率がいい、と考えたのだろう。 この考えが間違っている。 店を開けたり開けなかったりすれば、いつまで経っても固定客は付かない。 苦しくてもきちんと定時には店が開いているということが客商売では基本。
結局、この店はしてはダメなことを全部していた。 これでは早晩、店を閉めざるを得なくなるのは火を見るよりも明らかで、文字通りその通りになってしまったというわけだ。 この店の失敗の方程式をひと言で言うと、出店に当たってのマーケティングがされてなかったということである。 自分の店が相手にする顧客層の設定と認識が不十分、料理を出すことに満足し、客の満足を考えてない、不定期な営業時間は客を不安にする、そして宣伝不足と熱意不足である。 しかし、この種の店は結構多い。飲食関係はちょっと修行したり、あるいは見よう見まねでもできるので参入が容易だが、生き残っていくのは難しい。これはどの業界にも通用することだろう。
05.5.9
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