バブル経済期が大企業の時代とするなら、バブル経済崩壊後の現在は中小企業の時代といえる。実際、不況期の今も健闘している中小企業は数多い。しかも、よく見るとそこにはいくつかの共通した特徴があるのが分かる。一つは特許で身を固めていること。二つ目は今拡大しつつあるマーケット、あるいは今後拡大する可能性のあるマーケットをフィールドにしていることだ。 今回紹介する今泉鐵工所(佐賀県西松浦郡有田町、今泉社長、従業員35人)もそんな企業の一つである。同社は本社所在地が有田ということからも想像できるように、出発は窯業機械の製作である。ところが1980年頃から一般産業機械分野へ進出し、さらに数年前から洗浄機分野に進出している。
一般の水道水で精密部品まで洗浄
洗浄機分野は精密・微細加工分野と並び、現在もっとも有望視されているマーケットである。とはいえ、同社が最初から洗浄機市場に的を絞って進出したわけではなかった。 多くの中小企業がそうであるように、同社も仕事の大半は受注生産であり、当初は洗浄機械も一般産業機械の一つとして受注していたにすぎなかった。それが92年に連続式超音波洗浄機「アクアパス」を開発したのをきっかけに洗浄機市場に本格的に参入。そして1年後に、マーケットの将来性を見通して洗浄機事業部を発足させたのである。現在、同事業部の売上高は約5億円。実に同社の売上高の半分近くを洗浄機事業部が稼いでいる。 さて、「アクアパス」がこれほど売れているのにはいくつかの理由があるが、その最大の要因はフロンの代わりに水洗浄方式を採用していることである。水洗浄といっても純水ではなく一般の水道水である。といえば、本当に水道水で洗浄できるのか、と疑問を感じる向きもあるだろう。かくいう筆者も取材前はそう感じていた。純水ならいざ知らず、一般の水道水で精密部品の洗浄ができるわけない、と。 こうした疑問に「アクアパス」の開発者、平川善博常務は次のように答える。 「洗浄ニーズの大半は油分落としです。アルカリ系、塩素系溶剤でエマルジョン化して除去するのが一般的なやり方ですが、水中での超音波洗浄で十分落とせるのです。それは特殊な洗浄槽を使っているからです」 と。 ここでちょっとアクアパスの概念図を見ていただきたい。ワーク(被洗浄物体)の上下から超音波が当てられる仕組みになっているのが分かるだろう。ここが一つのポイントである。超音波洗浄のウィークポイントは洗浄ムラが出やすい点だが、振動子を対向させることで音場を乱し、定在波の発生を抑えているのだ。その結果、洗浄ムラをなくしたのが大きな特徴である。 現在、脱フロンの動きを受けて様々な洗浄機が開発されてはいるが、洗浄力とコストの面でフロンに替わるものがないのも現状である。その点でも「アクアパス」は画期的な成果を納めている。現在までに300社以上、1500種類以上の部品を洗浄しているが、フロンやエタン洗浄されたものより残留油分がはるかに少ないどころか、フロンやエタンでも落とせない手の指紋まで容易に落とせることが判明したのだ。
吹き飛ばし乾燥でウォーターマークなし
このように利点が多い水処理にもかかわらず、「なかなか水で洗浄できるということが理解してもらえない」(平川氏)のはサビの発生やウォーターマーク(水あか)が付着するからである。 サビはもちろんだが、ウォーターマークが付着するようだと少なくとも精密部品の洗浄には向かない。見栄えの問題もあるが、それ以上に重要なのは部品検査段階でウォーターマークをクラック等と混同され不良品チェックに引っかかる恐れがあるからだ。コンピューター関連部品の中には数ミクロン単位の精度を必要としているものはザラである。ウォーターマークの厚みで、機械が誤動作する可能性もある。 ところがウォーターマークは不純物を多く含んだ水ほど付きやすく、一般水道水こそまさにその代表である。洗浄後のウォーターマーク付着を嫌うため、多少コスト高になっても純水で洗浄するメーカーが多いのだ。では、同社の製品は一般水道水による洗浄にもかかわらずウォーターマークは付着しないのだろうか。 「ウォーターマークが付くのは蒸発させて乾燥させるからです。ところがアクアパスは即乾です。蒸発というファクターはありません」と平川氏。 蒸発ではなく「強制的に取り除く」のだ。吹き飛ばし≠ナある。強力なエアーを吹き付け、物理的に水分を吹き飛ばすのだ。そうすれば水中の不純物も一緒に吹き飛んでしまうからウォーターマークは付かない。 ただ、片側からエアーを吹き付けるだけでは絶乾状態にはならない。それを解決したのが振動子の場合と同じようにエアーノズルを対向させる方式である。同社では「吹き飛ばし乾燥」と名付けているが、ワークの上下から強力なエアーブローを吹き付けるのだ。これなら「数秒で絶乾状態」になる。しかも直接的にはエアーが当たらない「細長いパイプの中まで乾燥」できるという思わぬ収穫まであったのだ。 さらに搬送ネットの上に乗せたワークを押さえネットでサンドウィッチ状態にし、しかも両ネットを同期させることで水中の水平搬送や、強力なエアブロー中ても飛散することなく移動を可能にしている。こうして従来にない洗浄・乾燥方式を持つ「アクアパス」が完成したのである。
ヒット商品の開発で大化けする可能性も
「アクアパス」の開発は洗浄機分野に変革をもたらしただけでなく、同社の経営にある種の変革をもたらしたのは間違いないだろう。それまでは「頂いたテーマを100%こなしてきた」と平川氏が言うように、技術力では定評があったかもしれない。だが、完全オーダー生産中心の企業にはヒット商品が生まれにくい。「売れても数千万円」である。だからこそ、与えられたテーマを100%こなし続けなければならないともいえる。そのためには優秀な技術者も必要になる。だが、ヒット商品やベースになる技術がなければ技術者の採用もむずかしい。まさにこの点で多くの中小企業が苦しんでいるのである。
ところが「アクアパス」という汎用製品を開発したことで同社の顔ができたわけで、今後技術者の採用にもいい結果が現れるのではないかと考える。もちろん経営的な安定度はすでに見た通りである。ただ、リスク分散の考え方からも洗浄機事業部に偏ることはしないという。今後拡大するマーケットだけに同社がこれから大化け≠キる可能性はある。九州の技術力アップのためにも大いに期待したい。
*2006年夏、現在地に新工場を建設し、本社を移転した。
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