さて、SPGエマルション装置の説明をする前に、ちょっと清本鐵工(平成5年4月、通称をキヨモトに変更。以下キヨモトと略す)の概略を紹介しておこう。
同社は旭化成や九州電力などの施設メンテナンス事業で伸びてきた企業である。現在はメンテナンス事業、製品事業、鋳鋼事業を経営の3本柱に、平成4年度の売上高は170億円。大型船舶用アンカーのシェア80%を握る鋳鋼事業部や、平成10年に開催される長野冬季オリンピックのジャンプ台を建設した橋梁部門など、同社の技術力は各方面から高い評価を得ている。
同社が事業の多角化を進めたのは昭和40年のオイルショック不況がきっかけになっている。「一つの方向に片寄ると打撃が大きすぎる」(清本社長)との教訓を得たからである。以来、新規事業に対して意欲的に取り組んでいる同社だが、SPG技術の開発に乗り出したのは昭和59年。現在同社の技術開発部を率いる岩崎義彦部長を得てからである。
岩崎氏はいわゆるUターン就職組である。東洋エンジニアリングで原子力発電所の設計の仕事をしていたが「1歯車のような感じで、仕事の達成感が得られない」こともあり、Uターンを決意する。
「宮崎に帰らなければいけないんだが宮崎に何か面白い技術はないか、と当時仕事の関係で付き合いがあった通産省の人間に聞くと、SPGがあると言うんですね。それで県の工業試験場とかテクノポリス推進室の人なんかを紹介してくれて話を聞くと、面白そうだから、じゃあやるか、と決めたんです」
SPGとの出会いをこう語る岩崎氏。
だが、SPG応用技術の開発はそう簡単ではなかった。
SPGの特徴は
@細孔が無数に、しかも密集して開いている
A細孔の大きさが均一で、しかも自由に制御できる
B熱に強い
C無機質という点である。
こう見てくると、SPGはニューセラミックスと特徴がよく似ているのに気付くだろう。異なるのは、そして実はこれがSPG最大の特徴でもあるのだが、細孔が均一で、しかも密集している点である。SPGエマルションはこの点に着目して開発されたテクノロジーである。
だが、応用技術の研究を始めて一気にエマルションまでたどり着いたわけではない。その前にクリアしなければならないいくつかの問題が横たわっていた。
まず最初で最大のハードルは、脆い材質のSPGを衝撃や圧力からいかに守るかという点である。弱い物質を外圧から守る一般的な方法はその周囲を強い物質で保護することだが、「脆いガラス質の素材を金属に固定する技術が難しかった」と岩崎氏。実験を繰り返しては失敗し、失敗しては実験を繰り返す、文字通り試行錯誤の連続だったようだ。
こうして完成したのが10本前後のSPG管をステンレス管の中に収納したSPGモジュール。以後、開発される装置の基礎になる製品である。この収納技術で日米の特許を取得(国内は特許出願中)。
SPGモジュールの製品化1号はSPGハイテクフィルター。無数の細孔を有し、無機質で熱に強いため、高温洗浄、殺菌が可能で、繰り返し使用ができ、対薬品性もあるという特徴を生かしたろ過システムである。SPGを商品化したとはいうものの、いわゆる金になる技術≠ナはなかった。フィルターとしての利用ならニューセラミックスとそれ程の差はないからだ。SPGの用途開発という意味でも、やはりSPGエマルション装置の開発まで待たなければならなかった。
エマルションとは乳化のことだと1ページで書いたが、この技術を使って作られているものにバターやマヨネーズ、乳液化粧品、抗ガン剤などがある。こう書けば少しイメージが湧いてくるだろう。
もう少し詳しく説明すると、エマルション技術とは水と油のように本来溶け合わないものを混ぜ合わせる技術である。つまり水の中に油の微粒子を分散したものがマヨネーズであり、逆に油の中に水の微粒子を分散させたものがバターである。脂肪含有率とか含水率という言葉を耳にしたり目にしたことがあるだろう。エマルションとは簡単に言えばあれである。
近年のヘルシーブーム、ナチュラルブームで、食品は脂肪含有率の少ないものが好まれ、化粧品は含水率の多いものが売り出されるなど、エマルション技術に対する期待が各方面で急速に高まっている。ところが、従来のエマルション技術では、水と油の混ぜ合わせ比率は大体5対5。それ以上は不可能である。
例えばマーガリンの脂肪含有率は80%。低脂肪商品でも40%が限界だった。ところが平成4年9月、森永乳業が今までの常識を破って、脂肪含有率25%の超低脂肪マーガリンを開発。「イエスライト1/3」という商品名で全国に売り出した。
もちろん従来の技術では不可能である。それを可能にしたのがSPG膜乳化装置だ。森永乳業の新製品開発を宮崎県のテクノロジーが支えたのだ。この開発でキヨモトは平成5年に「日本食品工業学会技術賞」を受賞している。
なぜSPGエマルション装置を使えば超低脂肪の製品が開発できるのか?
「水を包んだ油膜の粒子を作ることに成功したから、水分が多くてもベタベタしない超低脂肪のマーガリンを開発できたんです」
と岩崎氏は答える。
原理的なことは図を見ていただくとして、概念を簡単に述べておこう。シャボン玉を作る様子を想像してもらえばいい。シャボン玉は空気を入れて膨らませるが、この場合は空気の代わりに水を、シャボン水の代わりにオイルを考えればいい。そしてシャボン玉を膨らませる管がSPGの細孔である。これで油膜に包まれた水の粒子ができあがる。オイルと水を逆にすれば、水膜に包まれたオイルの粒子ができるというわけだ。
「孔の構造が乳化のポイントです。SPGは円筒状の均一な孔をしているから、できた粒子も均一で性質が同じなんです」(岩崎氏)
エマルション粒子の大きさはSPGの細孔径に依存する。細孔径は0.1〜10ミクロンの範囲で自由に設計できるのがSPGの特徴でもある。
食品業界以外からも熱い期待が寄せられている。某大手化粧品会社もこの装置を使って新商品の開発に乗り出しているし、宮崎医科大学では抗ガン剤のカプセル化に成功している。これはダブルエマルションという方法で、水に溶けた抗ガン剤(1回目のエマルション)をリピオドール(ヨウ素化ケシ油)で包む(2回目)ことで、抗ガン剤が確実に病巣に届くようになったのだ。
「乳化の概念、理念は分かっていても現実的に作りだすのが難しかったんですが、SPGという新しい素材でそれが可能になりました。今後はさらにいろんな分野で新しい製品を生み出していく可能性が広がりつつあります」(岩崎氏)
「天才とは1%の霊感(INSPIRATION)と99%の努力(EXPIRATION)だ」と言ったのは発明王エジソンだが、テクノロジーの開発にも似たようなことが言えそうだ。
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