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やっかい者のシラスからハイテク装置を開発
〜〜SPGエマルション装置〜〜


清本鐵工株式会社  代表取締役社長 清本英男
宮崎県延岡市土々呂町6ー1633 / tel 0982-24-1111

産官の共同研究で生まれたSPG技術

 九州のテクノロジーが遅れている理由の一つに産学官の共同研究の少なさが挙げられる。だが宮崎では、逆に産学官の見事なまでの共同研究で新しい技術を生み出している。SPG技術と呼ばれるものがそれである。
 SPGとはShirasu Porous Glassの頭文字の略であり、シラス多孔質ガラスのことである。シラスは宮崎・鹿児島両県に広く分布する火山灰の土壌である。酸性が強いため作付けには向かないし、水分を吸収すると崩れやすい。そのため今まではやっかい者と見られていた代物だ。そのシラスから新素材が開発されたのである。
 開発したのは宮崎県工業試験場の中島忠夫氏。シラスの主成分の酸化ケイ素に着目し、研究を重ねて細孔を無数に有したガラス素材を開発したのだ。「夢の新素材」として各方面から注目されたのはいうまでもない。だが、素材のままでは「夢の新素材」も夢のまま終わってしまう。問題はこの新素材を何に使うかである。つまり用途開発が問題なのだ。
 そこで宮崎県は宮崎大学や県内の企業に参加を呼びかけ「SPG応用技術研究会」を発足した。産学官の共同研究に本格的に乗り出したのである。やがて参加企業各社から少しずつ応用技術が開発され始めたが、現在最も嘱望されているのが清本鐵工(本社・宮崎県延岡市土々呂町、清本英男社長、社員525人)が開発したSPGエマルション装置である。
 エマルションとは乳化のことであり、現在食品、化粧品、医薬品分野等で非常に期待されている技術である。この技術を使えばまったく新しい商品が生み出される可能性があるからだ。すでにSPGエマルション装置を使って開発されたいくつかの商品は世に送り出されている。あるものはすでに消費者に好意的に迎えられているし、あるものは実験段階から商品化への道を歩みつつある。

   

収納技術(SPGモジュール)で日米特許を取得

さて、SPGエマルション装置の説明をする前に、ちょっと清本鐵工(平成5年4月、通称をキヨモトに変更。以下キヨモトと略す)の概略を紹介しておこう。
 同社は旭化成や九州電力などの施設メンテナンス事業で伸びてきた企業である。現在はメンテナンス事業、製品事業、鋳鋼事業を経営の3本柱に、平成4年度の売上高は170億円。大型船舶用アンカーのシェア80%を握る鋳鋼事業部や、平成10年に開催される長野冬季オリンピックのジャンプ台を建設した橋梁部門など、同社の技術力は各方面から高い評価を得ている。
 同社が事業の多角化を進めたのは昭和40年のオイルショック不況がきっかけになっている。「一つの方向に片寄ると打撃が大きすぎる」(清本社長)との教訓を得たからである。以来、新規事業に対して意欲的に取り組んでいる同社だが、SPG技術の開発に乗り出したのは昭和59年。現在同社の技術開発部を率いる岩崎義彦部長を得てからである。
 岩崎氏はいわゆるUターン就職組である。東洋エンジニアリングで原子力発電所の設計の仕事をしていたが「1歯車のような感じで、仕事の達成感が得られない」こともあり、Uターンを決意する。
 「宮崎に帰らなければいけないんだが宮崎に何か面白い技術はないか、と当時仕事の関係で付き合いがあった通産省の人間に聞くと、SPGがあると言うんですね。それで県の工業試験場とかテクノポリス推進室の人なんかを紹介してくれて話を聞くと、面白そうだから、じゃあやるか、と決めたんです」
 SPGとの出会いをこう語る岩崎氏。
 だが、SPG応用技術の開発はそう簡単ではなかった。
SPGの特徴は
@細孔が無数に、しかも密集して開いている
A細孔の大きさが均一で、しかも自由に制御できる
B熱に強い
C無機質という点である。
 こう見てくると、SPGはニューセラミックスと特徴がよく似ているのに気付くだろう。異なるのは、そして実はこれがSPG最大の特徴でもあるのだが、細孔が均一で、しかも密集している点である。SPGエマルションはこの点に着目して開発されたテクノロジーである。
 だが、応用技術の研究を始めて一気にエマルションまでたどり着いたわけではない。その前にクリアしなければならないいくつかの問題が横たわっていた。
 まず最初で最大のハードルは、脆い材質のSPGを衝撃や圧力からいかに守るかという点である。弱い物質を外圧から守る一般的な方法はその周囲を強い物質で保護することだが、「脆いガラス質の素材を金属に固定する技術が難しかった」と岩崎氏。実験を繰り返しては失敗し、失敗しては実験を繰り返す、文字通り試行錯誤の連続だったようだ。
 こうして完成したのが10本前後のSPG管をステンレス管の中に収納したSPGモジュール。以後、開発される装置の基礎になる製品である。この収納技術で日米の特許を取得(国内は特許出願中)。
 SPGモジュールの製品化1号はSPGハイテクフィルター。無数の細孔を有し、無機質で熱に強いため、高温洗浄、殺菌が可能で、繰り返し使用ができ、対薬品性もあるという特徴を生かしたろ過システムである。SPGを商品化したとはいうものの、いわゆる金になる技術≠ナはなかった。フィルターとしての利用ならニューセラミックスとそれ程の差はないからだ。SPGの用途開発という意味でも、やはりSPGエマルション装置の開発まで待たなければならなかった。

 

宮崎の技術が支えた森永の新商品開発

 エマルションとは乳化のことだと1ページで書いたが、この技術を使って作られているものにバターやマヨネーズ、乳液化粧品、抗ガン剤などがある。こう書けば少しイメージが湧いてくるだろう。
 もう少し詳しく説明すると、エマルション技術とは水と油のように本来溶け合わないものを混ぜ合わせる技術である。つまり水の中に油の微粒子を分散したものがマヨネーズであり、逆に油の中に水の微粒子を分散させたものがバターである。脂肪含有率とか含水率という言葉を耳にしたり目にしたことがあるだろう。エマルションとは簡単に言えばあれである。
 近年のヘルシーブーム、ナチュラルブームで、食品は脂肪含有率の少ないものが好まれ、化粧品は含水率の多いものが売り出されるなど、エマルション技術に対する期待が各方面で急速に高まっている。ところが、従来のエマルション技術では、水と油の混ぜ合わせ比率は大体5対5。それ以上は不可能である。
 例えばマーガリンの脂肪含有率は80%。低脂肪商品でも40%が限界だった。ところが平成4年9月、森永乳業が今までの常識を破って、脂肪含有率25%の超低脂肪マーガリンを開発。「イエスライト1/3」という商品名で全国に売り出した。
 もちろん従来の技術では不可能である。それを可能にしたのがSPG膜乳化装置だ。森永乳業の新製品開発を宮崎県のテクノロジーが支えたのだ。この開発でキヨモトは平成5年に「日本食品工業学会技術賞」を受賞している。

 

シャボン玉のように水を油膜で包む技術

 

なぜSPGエマルション装置を使えば超低脂肪の製品が開発できるのか?
 「水を包んだ油膜の粒子を作ることに成功したから、水分が多くてもベタベタしない超低脂肪のマーガリンを開発できたんです」
 と岩崎氏は答える。
 原理的なことは図を見ていただくとして、概念を簡単に述べておこう。シャボン玉を作る様子を想像してもらえばいい。シャボン玉は空気を入れて膨らませるが、この場合は空気の代わりに水を、シャボン水の代わりにオイルを考えればいい。そしてシャボン玉を膨らませる管がSPGの細孔である。これで油膜に包まれた水の粒子ができあがる。オイルと水を逆にすれば、水膜に包まれたオイルの粒子ができるというわけだ。
 「孔の構造が乳化のポイントです。SPGは円筒状の均一な孔をしているから、できた粒子も均一で性質が同じなんです」(岩崎氏)
 エマルション粒子の大きさはSPGの細孔径に依存する。細孔径は0.1〜10ミクロンの範囲で自由に設計できるのがSPGの特徴でもある。
 食品業界以外からも熱い期待が寄せられている。某大手化粧品会社もこの装置を使って新商品の開発に乗り出しているし、宮崎医科大学では抗ガン剤のカプセル化に成功している。これはダブルエマルションという方法で、水に溶けた抗ガン剤(1回目のエマルション)をリピオドール(ヨウ素化ケシ油)で包む(2回目)ことで、抗ガン剤が確実に病巣に届くようになったのだ。
 「乳化の概念、理念は分かっていても現実的に作りだすのが難しかったんですが、SPGという新しい素材でそれが可能になりました。今後はさらにいろんな分野で新しい製品を生み出していく可能性が広がりつつあります」(岩崎氏)
 「天才とは1%の霊感(INSPIRATION)と99%の努力(EXPIRATION)だ」と言ったのは発明王エジソンだが、テクノロジーの開発にも似たようなことが言えそうだ。 

 

 

社内パワー不足を社外パワーで補う

宮崎県の音頭で「SPG応用技術研究会」が発足したのが10年前。10数社の参加企業がある中で同社が「SPG技術ならキヨモト」と言われるようになったのはなぜだろう。
 岩崎氏は社内報の中で次のように言っている。
 「現在開発部は化学、機械、電気、土木出身の技術者集団6名で構成され、開発テーマごとに装置の設計・試作から実験・分析まですべてをこなしています。しかし、社内パワーだけでは不足のため、大学や工業試験場、あるいは大手企業の専門家を『助っ人』として活用しています。もちろん相互信頼とギブ&テイクの精神があって初めてできることです。この関係は共同開発の形でさらにパワーアップされます。社外人材を活用した共同開発は、社外でのキヨモトの技術評価、営業活動、情報収集等に大きなプラスとなっています」
 筆者は本シリーズ1回目で企業間の技術交流、産学官の共同研究の必要性を指摘した。今回の取材でますますその感を強くしている。もはや技術開発は単独で行える程生やさしい段階にはない。いろんな分野で業際という言葉が言われているが、技術にも当てはまる。「技術も融合の時代」を迎えている。中小企業は大企業とは異なりすべてを自社でまかなえる程余裕はない。となれば、まかなえないものは「他人の褌」を利用すればいいのだし、積極的にそのことを心掛けるべきだろう。
 次に重要なのが人材に対する投資と育成である。「たまたま人を得た」と清本社長は言うが、人材も情報と同じで常日頃から人材投資をしてないと集まるものではないし、ダイヤも磨かなければただの石、名馬も名白楽なくしては駄馬で終わる。人材を見抜くトップの目こそ大事である。あとはせっかくの人材を殺さぬことだ。
 キヨモトはSPGの用途開発に約10年。今回は触れなかったが水環境技術の開発に5年を費やしている。水環境技術関係では、ダム用の赤潮処理船を九州電力と共同開発したり、ソーラーエネルギーを一部利用した省エネタイプの小規模下水処理システムを宮崎大学と共同開発している。研究開発費は、人権費を別にして毎年2000万円を投入している。たしかに中小企業の場合、目先の成果が気になるところだ。しかし、その一方で先を考えた投資も必要だということである。
 さらに技術開発には長期、中期、短期の戦略的な視野も必要になる。この点でも同社の場合、SPGは比較的長期的な戦略で、一方、水環境技術の開発には中短期戦略で臨むというようにバランスが取れている。
 最後にもう一度まとめると、同社の技術開発成功の要因は、
1.優秀な人材を得たこと。
2.産学官の協力という形で、積極的に外部の力を利用したこと。
3.粘り強く技術を磨いたこと。
そしてトップの器。これらが「技術のキヨモト」を築いている。


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