新国立劇場の設計者が
うなった誤差5mmの精度
さらに「3次元加工の日南家具工芸社」の名を知らしめたのは新国立劇場のオペラ座天井の音響パネルを製作した時である。
「よくこんなものを作ったな」
最終検査に立ち合った設計者が思わず感嘆の声を漏らした。
製作した音響パネルを現地で組み立てて行くのだが、パネル幅は1.2m。それを次々に継ぎ合わせて16mの長さにする。
木工製品に限らず、一般的に工場で作ったものがそのまま現場で収まることはない。大抵どこかしこの修正が現場で必要になる。それが分かっているから設計者は厳しい目を向けていた。そこに「OKです」という声が届いたのだ。
「おい、本当か」
彼は耳を疑った。
「測り間違えだろう。もう一度測り直せ」
しかし、返ってきたのはやはり同じ言葉だった。
「間違いありません」
そんなバカなと自分で測って驚いた。
なんと誤差わずかに5mm以内。この種の木工製品では驚異的な精度だった。
この音響パネルだけでなく、新国立劇場内のR部分はほとんど同社が手がけている。
国内に1台しかない
3次元NC加工機
池田の自慢はどんなに難しい仕事でも「できないと断ったことが一度もない」ことである。その自信を裏で支えているのが、日本に1台しかないというCNCルーターだ。
特に北川鉄工(広島)に特別注文でつくらせたCNCルーターは開発に2年を要した代物で、360度の旋回と全角度で上下に100度の傾斜が可能なルーター刃のほかにも、カッター刃、カンナ刃などを1軸〜4軸まで装備している。これを自由自在に駆使して3次元加工を行うのである。
「価格を聞いたら1本(1億円)と言うから、お宅も研究だろう。うちもリスクがあるから折半にしよう、と言って半額で買った。これは売れるぞ、と言っていたんですが、開発に時間がかかり過ぎたものだから、完成した時にバブルが弾け1台も売れなかった。だから日本に1台しかない」
と楽しそうに笑う。
完全受注生産から
イージーオーダーへ
「いままで営業はしたことがない」同社だったが、ここのところ少し姿勢に変化が見え始めている。営業の必要性を感じだしているのだ。そのきっかけとまでは言えないかもしれないが、数年前、某通信販売誌の依頼で地場の飫肥(おび)杉を活用した靴べらを作っている。
靴べらの長さは72cm。靴を履くためにかがまなくてもいいと、幅広い年齢層に人気で、あっという間に売り切れた。このことが池田にある種の驚きを与えたようだ。
「こういうやり方もあるのかと感心しましたね。うちにとっては技術と言えるほどのものではないんですが、販売の仕方ですね」
と感心している。
かと言って技術より販売を選ぶ考えはないようだ。その後、件の通販会社が「読者からあの靴べらはもう作らないのかという注文が来ているので、今年も作ってもらえないか」と言ってきたが断っている。よくも悪くも職人である。「よそでもできるものは作らない」という考えを貫いている。
ただ、それまでの100%受注生産から、企画をして市場を作り出し販売するという方法を「靴べら」から学んだようだ。
技術とアイデアで
螺旋階段を半額以下
現在、同社が最も力を入れているのが螺旋階段である。
最近見かける螺旋階段はスチール製ばかりだが、ウッドフロアにはやはり木製の方が合う。スチール製の螺旋階段は現場で溶接できないため、完成品を持って行って据え付けしなければならない。それも棟上げ前の、基礎工事が終わった段階で据え付けなければならないから、通常の作業段取りが狂うと、大工仕事をする人達には嫌がられていた。
一方、木製の螺旋階段はごく最近まで住宅会社が1社だけ作って供給していたが、それもついに職人がいなくなって止めてしまった。
「それなら俺が作ってやろう」
そう思っていたところに依頼があった。早速作って納めたところ非常に好評だったので、潜在需要はあると読んだが、問題は価格だった。
従来、木製螺旋階段の価格は100万円を超えている。それでは建築費1億円ぐらいの家でないと作れないだろう。これではマーケットの拡大は望めないので、せめて半額以下にしたい。池田はそう考えていた。かといって技術を安売りしたくはなかった。この相反する課題をどう克服すればいいのか。
「よし、プラモデルの組み立てで行け」
それが池田が出した答えだった。
それまで木製の螺旋階段は職人が現場で木を切り、カンナをかけて作っていた。このやり方だと時間もかかるし、経費もかかる。そこで、現場では組み立てるだけに出来ないか、と考えたのだ。
たしかに発想はよかった。しかし、実際にやってみると、そう簡単ではなかった。
2分の1の模型を作り、何度もシミュレーションをやって組み立てたが、それでも実際の現場では他人が組み立てるため様々な問題が起こった。
一度などはサイズが合わないと勝手にのこぎりで切られたこともあった。組み立て順を違えていることに気付かず、ボルト止め穴の位置がずれていると言われるなど予想もしないことが起こった。
だが、いまでは部品一つ一つに番号を付け、その番号順に組み立てていけば素人でも完成できるようにした。「2人なら半日で組み立てられます」。
「今までは受注オンリーの待ちの姿勢でしたが、今後は積極的にこちらから提案していこうと考えています」
完全オーダーからイージーオーダーへ、受け身から攻めへ転じることで、同社は新たなマーケットを切り開きつつある。 (文中敬称略)
☆写真説明:1/4の模型らせん階段を前に説明する池田社長。
現物は現地で大工1人、アシスタント1人の2人が1日半で組み立てられる。
価格は50万円(税込み)から。
(文責・ジャーナリスト栗野 良)
−完−
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