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リスクはあるが、それを恐れていたらベンチャーじゃない。

株式会社パラマ・テック  代表取締役社長 深水哲二
福岡市東区社領2ー19ー8 tel 092-623-0813

 ベンチャー企業の経営者には様々なタイプがあるが、パラマ・テックの社長、深水哲二ほどユニークな経験をして会社を設立した男はあまりいないだろう。ゼロからのスタートとよく言うが、深水の場合はマイナスからのスタートである。だから、打つ手が先を読んでいるし、挫けない。しかも会社は技術力を武器に、次々に新製品を開発している。「社内で今度の製品は大化けするぞといままで何度も言っているものだから狼青年と言われている」と苦笑するが、いよいよ大化けしそうな動きになってきた。

世界で初めて家庭用心電計を開発
米最大のドラッグチェーンから注文

 「全米に3700店チェーン展開している、アメリカ最大クラスのドラッグチェーンがうちの製品を取り扱いたいという話がありましてね。それもいますぐ3万7000台欲しいと言うんです。各店舗に10台ずつ置くからと」  
パラマ・テックの社長、深水哲二はこう言って顔をほころばせた。
 この不景気にビッックリするような話である。もしかすると、この商品は大化けするのでは……。そんな予感めいたものはあった。それにしてもビックビジネス過ぎる。好事魔多しということもあるから、はしゃぎすぎて一人で転ばないようにしなければ。喜ぶ一方で、深水はそう自らに言い聞かせ、気を引き締めていた。
 話のきっかけはある貿易商社との接点だった。前出のドラッグチェーンに商品を納入しているアメリカの商社が家庭用血圧計を探していると言ってきたのだった。パラマ・テックが医療用自動血圧計を数多く開発しているのを知り、家庭用血圧計も開発していると思ったのだろう。
 「家庭用血圧計は利益がないからやらない、と言ったんです。その代わりにこういう商品があると家庭用心電計を見せたら、これはいいということで話が決まりましてね」
 前出のドラッグチェーンによれば「100万台は売れる」商品だという。アメリカは在宅医療が進んでいる国だから、直感的にそう感じたのだろう。たしかに我が国でもいまや血圧は自宅で測る時代である。だが、心電が本当に家庭で測れるのか。  「15年ほど前までは血圧は医療機関で測るものだったが、いまは家庭で測る時代になっています。その結果、血圧計は年間800万台家庭に出荷されています。  一方、働き盛りの年代の人が突然死で年間4万人も亡くなっています。その60%が心臓になんらかの原因があるといわれています。
 血圧は高いからといっても直ちに生死に影響するものではないが、心電はその瞬間が大事なわけです。ところが、働き盛りの人は肩こりがひどい、体調が悪い、胸痛がするといってもしばらく様子を見ているんですね。そういう時に心臓に異常があると分かれば医療機関に行き手当を受けることができます」  深水は家庭用心電計の意義を熱っぽく語る。
 とはいえ、深水も最初から心電を家庭で測れると考えていたわけではない。同社が開発しているものはほとんどすべて医療機関など業務向けの商品だ。ヒット商品の全自動血圧計にしてからがそうだ。特に心電のような人の生死に関わるかもしれないものとなれば、なおさら医療機関向けの精密なものを作ろうと考えるのが技術者の習性である。

技術者の陥りやすい弱点

 技術者は一般的に上昇志向である。別の言い方をすれば機能付加方式だ。必要なものをどんどん付加していく。そこには省くという発想はない。より精密で、より高度なものを作りたがる。それこそがユーザーが望んでいるものだと考えているからだ。対してマーケットの方は逆である。多機能で高価なものより、機能を絞っても低価格なものを望んでいる。
 ところが、技術者にとって省く発想はマイナスの発想だと受け取られるから、そういうものを作るのはある種恥に近い感覚がある。機能を付加するなということは、自分の技術を否定されたと受け止めるのだ。そこまでは考えないとしても、開発をしているうちに、ついつい精度を上げ、機能を付加してしまう。これは技術者の宿命みたいなものだ。
 特に問題なのが、経営者が技術者もしくは技術者出身の場合である。自らが開発のおもしろさを知っているから、なかなかブレーキをかけられない。どうかすると売れないのはこの製品のよさが分からない消費者が悪いとなる。技術系企業が陥りやすい弱点である。同社とて例外ではない。

いつでも、どこでも、誰でも使える
病院の心電計とデータの互換性

 では、どのような発想を経て、同社は家庭用心電計の開発に辿り着いたのか。その点は後述するとして、先に家庭用心電計の特徴を紹介しておこう。  開発コンセプトは「いつでも、どこでも、誰でも使える」心電計。
 写真で分かるように薄型コンパクトである。サイズは120×60×19ミリ。「タバコのロングサイズ程度の大きさにした」。いま流行りのパーム型パソコンの大きさ程度である。これを手に持って胸部に当てるだけでOK。それで心臓の状態が分かるのだ。「不整脈があるかどうか」ということまで分かる。しかも、自動解析機能が付いており、解析データはグラフ表示される仕組みになっている。
 例えば心臓が健康ならグラフが水平。心臓に異常があればグラフが波形で表示されるという具合だ。詳細な内容は表示されないが、測定結果は内部に10回分まで記録できるので、より詳細なデータを知りたい、あるいは心臓に異常があるようなので精密検査をして欲しいという場合でも、この家庭用心電計を持って病院に行けば、病院の心電計に接続してデータを取り出すこともできる。
 「我々にとって必要なのは診断ではない。今日は体調が悪いが、それは心臓に原因があるものかどうかが分かればいいわけです。それで心臓の動きがおかしいとなれば医療機関に行けばいいわけですから」  これこそが家庭用心電計の意義だし、こう考えた時に開発が可能になったのだ。もちろん世界で初めてである。
 とはいえ、一気にこのような考え方に辿り着いたわけではない。実はその前にある失敗を経験しており、その失敗があればこそ生まれた製品なのだった。

大化けを期待されながら
つまずいた商品が生みの親

 いまから数年前、同社はNECと共同で「コーラス・ネット」という製品を開発している。開発期間に約4年、資金も約1億円を投入するなど、「大化けする」ことを期待された商品だった。
 開発したのはポータブル心電計である。これこそ前出の家庭用心電計の原型であり、在宅医療時代を切り開く戦略商品になるはずだった。  今回の家庭用心電計と違うのは、心拍数、血圧、脈拍数などの測定データを携帯電話で医療機関に送り、医師に診断してもらう点である。まさに完璧だと思われた。売れるはずだった。ところが、予想に反して売れなかった。
 なぜ売れないのか理由が分からなかった。ポータブル心電計のシステムを聞いた医師は、皆一様に「社会的意義は分かるし、たしかに役に立つ」と評価してくれている。それなのに売れないはずはない。
 「5年も販売に苦労した」末に分かったのは医療機関の身勝手さだった。社会的意義も、役に立つことも認めながら、どこの医療機関も自分のところでデータの解析をするのを嫌がっていたのだ。「開業医は特に忙しいものだから、これ以上の負担は避けたいと考えたみたいです」と深水は苦笑する。

道を開いたドクターのひと言

 このポータブル心電計のポイントは、データが医療機関に電送され、専門家による解析が行われるという点である。その肝心の医療機関がデータの解析を引き受けてくれなければ、このシステムそのものが成り立たない。  頭を抱えていた深水を救ったのはある医師の一言だった。  「なにも医師が診断しなくても、心臓がちゃんと動いているかどうかを自分自身で判断できればいいじゃないか。それでおかしいとなれば病院に行けばいいんだから」  この一言が道を開いた。それなら簡単な自動解析機能を付けるだけでいい。「よし、家庭用心電計を開発しよう」。同社にとって初めて一般向けビジネスを手がけることになる。  苦労したのは「心電データの品質維持」だった。病院の静かなところに横になって胸部に直接電極を張り付けてデータを取るのとは違い、日常生活の中で測定するから様々なノイズが一緒に入ってくる。テレビその他の家庭内コードからのノイズもあるし、筋肉が動く時に発するノイズもある。ノイズに満ちあふれている環境の中で測定し、その中から心電だけを取り出さなければならないのだ。「いかに原形を失わずに取り出すか」。開発のポイントはそこだった。  現在、家庭用心電計の国内販売は年末あたりに、アメリカでは来春当たりに販売開始となりそうだ。
 「国内価格は末端価格で3万円を切って出せれば面白いなと思っています」  開発に資金と期間を要した「コーラス・ネット」の方も、最近、名古屋大学医学部内科と提携が決まったので、「今後は売れていくと思う」。どうやら無駄にはならないようだ。

倒産会社を再興し、新会社設立
 〜破産管財人から知的所有権を購入〜

 パラマ・テックはいまでこそ福岡の優良ベンチャー企業と目されているが、同社の設立に至る経緯は実にユニークである。「前身」は東京に本社を置く「パラマ」という医療器具メーカーで、その分野では結構知られていた企業だ。ところが、バブル期に土地投機の失敗で倒産してしまった。どうやら街金融からも金を借りていたらしく、社長はじめ取締役は全員雲隠れして連絡すら取れない。代わりに社内に妙な男達がウロウロし始めたかと思うと、会社の資産がどんどん持ち出され、消えていく。「なんとかしないと、このままでは貴重な技術までが埋もれてしまう」。そんな思いに駆られた深水は、残った社員達と一緒に裁判所に破産手続きをする。当時、深水の役職は学術課長である。その彼が中心になって「会社再興」に動き出したのだ。
 「取締役は全員会社を見捨てて出社してこないし、会社に残っている中で役職が一番上なのが私だったからです」  と深水は苦笑する。
 大変なのはそれからだった。破産手続きはしたものの、代表者印すらなくなっているから離職表の発行ができない。離職表がないと失業保険ももらえないという悲惨な状態が待っていた。
 「破産管財人が決まると『本日をもって全員解雇する』というファックスが流れてくるんですが、これを見た時は非常にこたえましたね。悔しかったし、よし、もう一回皆で仕事をしよう、というのが、以来合い言葉のようになりました」  それから会社の残された資産を計算し、債権者と粘り強く交渉していった。幸いしたのは売掛金が3億円、在庫品が約4億円分残っていたことだ。在庫があるといっても販売しなければ資産価値はゼロだ。そこで売掛金の回収代行と、在庫品の販売をすることを条件に、知的所有権を破産管財人から「140万円で買い取った」のである。一方、売掛金が残っていたユーザーに対してはアフタメンテナンスを無償でしながら売掛金の回収をしていった。  その後、パラマ時代の社員で、新会社で働く意思のある社員を1人、2人と採用していき、4年後には全員が戻ってきた。

異業種提携で生まれたヒット商品
クレームをきっかけに関係解消

 会社の倒産を目の当たりにしてきたから、経営に対して深水は慎重かと思ったが、常に先を読み、大胆な手を打ってきている。
 例えば、今後は国際化が必要と判断した深水は社内の猛反対を押し切り、平成4年に韓国へ進出。韓国のベンチャー企業・ウォンメディカルトレーディングと合弁会社「ジャウォンメディカル」を設立している。同社は昨年7月、韓国版ナスダック市場「コスダック」に上場した。さらに平成10年、台湾に合弁会社「台湾パラマ」を設立した。
 次に深水が打った手は異業種提携だった。「開発、製造、販売のすべてを1社でやるのは大変な負担になる」と感じていたからだ。異業種と提携することでうまく分担しながら、協力し合ってやっていけないかと考えたのだ。
 取引銀行に「一緒に仕事が出来るところを紹介して欲しい」と頼んでいたのが実現し、3社で開発したのが点滴コントローラー。
 点滴は液の残量によって流れ落ちる速度が変わるので、抗生物質や抗ガン剤などの点滴になると1、2時間置きに微妙なコントロールが必要になる。これが結構看護婦の負担になっている。それを時間と量を設定すれば自動的に一定量が流れるようにコントロールする装置だ。しかも異常があればアラームも鳴るようにしたもの。近い将来の在宅医療時代を見越して開発した商品だ。
 これが医療現場で非常に好評で、半年間で7000〜8000台も売れたのだ。「この状態が数年間続けばどうなるのか」と皆が思い出すと、代わりにいろいろな思惑も出てくる。

些細なことから疑心暗鬼

 「最初は意気投合していい関係でスタートした」仲間に微妙な不協和音が聞こえ出したのだ。利益分配を巡るお決まりのコースである。契約内容がおかしいとか、「些細なことが対立の元」になり、互いに疑心暗鬼に陥っていくのだ。
 ちょうどその頃である。コントローラー内部のビスが摩滅するという一大クレームが発生したのは。  「末端に納入したものを回収して手直しするわけだから、大変なコストと時間がかかりました。おかげで儲けた利益はすべて飛んでしまった」
 結局、異業種提携は最悪のパターンで幕を閉じることになった。  だが、深水は決して挫けていない。クレーム処理に対処したおかげで、その後、完成度の高い製品を作ることができた。今度は海外から先に攻めていくと言い切る。
 「いつも失敗ばかりしている。しかし、それを恐れていたらベンチャーじゃない。
 いつもこれは大化けするぞという商品は持っているんですが、いつも化けたことがない。だが、こういうものがないとしんどくてやってられない。見果てぬ夢かも分からないが、とにかくこういう夢がある。だから頑張っていける。それは経営者だけでなく社員も同じだと思う。ただ、最近狼少年になっているので、そろそろ当てないといけない」  と笑う。

 (文中敬称略) 潟pラマ・テック
福岡市東区社領2ー19ー8
tel 092-623-0813
代表取締役社長 深水哲二
資本金 1億2,300万円
従業員 56人
営業品目 自動血圧計、脈波・動脈音記録計、心電図伝送装置
(「フォーネット」2001年11月号掲載)


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