小さくても、 乗れるタイプを
「展示会に来た若い女の子がうちの商品を見て、これ乗れたらいいのにね、って言ったんです」 このひと言が「ひらり」開発の直接的な引き金になったと筑水キャニコム(福岡県浮羽郡吉井町、従業員180人、年商62億円)の包行均社長は言う。 同社は「這う農業から歩く農業へ、歩く農業から乗る農業へ」と、農林業用の運搬車を幅広く製造しているメーカーである。その同社が2年前に開発したのが立ち乗り小型クローラの「ひらり」。開発した年に4000台、2年間ですでに8000台と、この種の機械の中では実によく売れている。ネーミングからも窺えるように、ひらりと乗れるところが受けたようだ。 ところが、開発はひらり≠ニはいかなかった。まず「小さくても乗れるクローラ」という着眼から開発までに1年を要している。その間の事情を包行社長は次のように語る。 「月に1回開催している技術委員会の席上で開発にお願いしたんです。乗れるようにして欲しい、と。ところが、いくら社長の頼みでも出来るものと出来ないものがある、とポーンと蹴られたんです」 開発部に断られ一度は諦めかけたところに、冒頭の若い女性の言葉である。「これはもう絶対乗せなきゃいけない」と決意を新たにし、再度「お願い」してやっと開発部のOKを取ったのだ。最初の「お願い」から4、5カ月後のことである。包行社長は知らなかったが、開発部がこの時OKしたのは、社内のアイデアコンテストでも同じような提案が出されていたからだった。 さて、同意はしたものの、実際に開発するとなると解決しなければならないいくつかの問題があった。 まず、乗るスタイルである。すでにエンジン付きのクローラを開発しているのだから、あとはサドルを付けさえすればいいようなものだが、これがそう簡単にはいかなかった。サドルを付けるためにはエンジン部門を横にずらすか、エンジン部門の後ろにサドルを付けるかしかなく、いずれにしてもそれでは車体が大きくなってしまう。あくまでも「小さくても乗れるクローラ」でなければならないのだ。 そこで考え出されたのが、乗る=腰掛けるから、乗る=立ったまま、への発想の転換だった。立ち乗りスタイルである。これなら乗るためのスペースも小さくてすむ。いわば苦肉の策ともいえるものだが、これが意匠登録につながったのだからなにが幸いするか分からない。
難題は振動 減少に苦労
その次は、実はこれが難題だったのだが、振動とか騒音の問題があった。振動には走行振動とエンジンから伝わってくる振動の二種類がある。「汎用エンジンは燃費とかハイパワーには力点を置いていますが、振動とか騒音に関してはあまり力点を置いて造ってないので、振動が運転者に伝わってこないようにするには随分苦労しました」と佐藤光幹取締役開発部長が語るように、頭を悩ましたのはエンジン振動の対策だった。 微震動を防ぐ一般的な方法は緩衝用クッションを挟むやり方である。クッションは軟らかければ軟らかいほど振動を吸収する。だが、軟らかすぎると固定性が弱くなる。すると構造上、動力を伝達しているベルトに弛みができ、ベルトが滑って動力の伝達ができなくなる。 この問題を解決するために、各メーカーごとのエンジン特性を調べることから始めなければならなかった。「あるメーカーのエンジンは1200回転辺りで一番震えるが、あるエンジンは2000回転で震えるというように、エンジンによって振動値が違った」(佐藤部長)からだ。 そしてゴムの硬さを決め、取り付け位置、取り付け角度、鉄板の厚みなどを次々に決めていった。 「技術者2、3人がじゅうたん爆撃というんですか、考えられることをすべて書き出し、全部チェックして作り上げたんです。それがなければひらり≠ヘまず出来なかったでしょう」(佐藤部長)
社長の「お願い」を 拒否した理由
もう一つが路面から伝わってくる走行振動である。これはある意味では、チェーンを巻いて路面を走るようなもので、キャタピラー形式の脚部に固有の問題ともいえる。ゴムクローラの表面に出ている突起をなくせば走行振動はなくなる。だが、それではツルツルのタイヤで道を走るようなもので、ちょっとでもぬかるんだ道ならクローラが空回りをし、身動き取れなくなってしまう。 突起をなくさずに振動を減らすことはできないか? これが最後にぶつかった課題だった。実は、当初開発部が社長の「お願い」を一蹴した理由もここにあったのだ。ガタガタッとくる振動で乗っている人が足を踏み外すんではないか、手を取り外すんではないかという危険性を考えたからだ。 試行錯誤の末、開発部が出した答えは「ラグ(突起)の中の心金を外す」ことだった。とはいえ、それを除くことでクローラの耐久性や走行に支障が出ては困る。タイヤメーカーの技術者となんども交渉を重ね、試作品をテストした。そして開発されたのが、航空機に使われるタイヤと同質の素材を使った「次世代クローラ」である。
発明考案審査会 優良賞を受賞
こうして画期的ともいえる小型で、乗れるクローラが開発されたのである。そのほかにもハンドルを可倒式にし、歩行運転時と乗車運転時のハンドル角度の切り替えがワンタッチでできるようにするなど、随所に使いやすい工夫がこらされている。それらの点が評価され、平成5年3月に福岡県発明考案審査会優良賞を受賞。実用新案出願中。意匠登録が先に認められたのをみても、この立ち乗りスタイルの着眼がいかにユニークだったかが分かる。 ところで、中小企業に限ることではないが、通常パテントは企業と商品防衛のための有力な武器である。だが、有力な武器であればあるほどそこに安住し、次の技術開発を怠りがちになる危険性がある。技術開発型の多くの中小企業がえてして一発屋で終わるのはそのためであろう。 ところが同社の場合、改良品を含め「毎月1つは新製品を出している」という。しかもパテントに関しても「1年は持ちます。でも、それ以後は欲しいというところに公開しています。独占すると営業も販売店も燃えないでしょう。他社がまねしてくれば、うちはもう一ついいものを造ればいいんですから」(包行社長)と、まったく執着していない。
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