犯罪の動機は欲と怒り−−これが従来の定説だった。ところが近年、これでは説明できない犯罪が増えてきた。いわゆる自殺願望的殺人、殺人目的的殺人というやつだ。だが、それらは内と外との境界のあいまい化、内界の外在化の結果だとは以前書いた（栗野的視点No.549）。
　しかし、それらのいずれにも当てはまらない犯罪が現れだした。相模原殺傷事件がその代表である。犯人は老人施設に勤務する介護師。老人施設で入居者への虐待や殺人例は過去にもあったが、それらと相模原殺傷事件が大きく異なっているのは大量殺人ということだけではなく、その動機である。

優生思想の下で行われた犯罪

　老人施設入居者への虐待が鬱憤ばらしだったり、仕事の苦しさからの逃避的殺人だったのに対し、相模原老人施設の大量殺人は「歪んだ正義感」「優生思想」による殺人だとする見解が多く見られた。
　たしかに殺人犯の植松聖自身「ヒトラーの思想が２週間前に降りてきた」と緊急措置入院中、病院のスタッフに話している。また「障害者は不幸を作ることしかできません」と大島理森衆院議長宛の手紙にも記していることから、犯人がヒトラーの優生思想になんらかの影響を受けたのは間違いないだろう。

　ヒトラー・ナチスはゲルマン民族（なかでも「金髪碧眼のアーリア人」を最優秀と考えた）こそ優れた人種で、それ以外は劣等種と見なし、ゲルマン民族が支配すべきであると考え、そういう政策をとった。被支配人種とされたのは有色人種はもちろんだが、「金髪碧眼のアーリア人種」以外の白人種も含まれる。かくしてナチスはユダヤ人を下等人種として大量虐殺へと走った。
　見逃してはならないのはナチスが弾圧・断種を行ったのはユダヤ人だけではないということだ。彼らが劣等種と考える人間、その中にはロマ（ジプシー）や障害者も含まれ、彼らもユダヤ人と同じように強制収容所施設に送られ大量に虐殺されたのである。

　もう一つは優生思想はなにもナチスの専売特許ではないという事実。歴史を紐解くなら哲学者プラトンの時代から優生思想はあり、それが後の時代に人種差別や職業差別、経済的貧困などと結び付けられていった。大量虐殺・断種政策として実行したのはナチスだが、それ以外の国、スターリンのソ連もユダヤ人弾圧を行ったし、チャウシェスクのルーマニアもロマを迫害した。
　ナチスの優生思想と関係が緊密であり、思想的にも資金面でもバックアップしたのは実はアメリカだった。とりわけロックフェラー財団の資金援助はよく知られている。ついでに触れておくと、当初、ナチス・ドイツを物資両面で支援したのはアメリカである。戦後、自由主義世界の模範のような顔をしているが、ナチスドイツがヨーロッパの隣国を侵略し始めたため慌てて関係の清算に走ったが、後にイランで同じことを行っているから、アメリカという国も懲りない国である。

「異物」を排除する社会の怖さ

　それはさておき、相模原殺傷事件の犯人が本当にヒトラーの優生思想に影響を受けたのか、ナチスが行った行為を表面的にただ真似ただけなのかはよく分からないが、最近の世相を見ていると、こういう行為に走る若者が出てきてもおかしくはないと感じている。内向き社会は集団内の異物排除に向かうからだ。
　見た目の違い、考え方の違いを認めない。少しでも違うと「感じる」ものに対しては集団で排除に向かう。このところ盛んに行われていたヘイトスピーチのその一つだし、さらに遡ればイジメもそうだ。
　とにかく違いを認めない。皆同じ行動を取ることで集団的一体感、高揚感を感じている。スポーツ観戦のウエーブから国会での起立拍手に至るまでそうだ。そのことに異様さを感じないことが怖い。特に国会での起立拍手。一瞬、いま自分がどの時代にいるのか、TVに映っている映像はどこの国で行われていることなのか理解できなかった。また、どこぞの国がミサイルを打ち上げ、若きリーダーに忠誠を誓い褒め称えている映像なのかと思った程だ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（２）に続く

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