TPP参加問題が「にわかに」クローズアップされたのは菅直人氏が首相の時に唐突に言い出してからだろう。「平成の開国」と。
とにかく驚くというかガッカリしたのはこの人物である。
野党時代には多少なりとも彼を評価していたが、首相になってからは権力志向ばかりが目に付き、「もうお前の顔は見たくないから、1日も早く辞めてくれ」と望んだものだ。
いまだかつて思い付きで政治を動かそうとした人物は後にも先にも彼だけだろう。あれだけ絶叫した「消費税のアップ」も「平成の開国」も、その後口にするのをピタリと止め、今度は「脱原発」を言い始めたことでも、いかに彼が思い付きで政治を行っていたか分かろうというものだ。
それはさておき、なぜTPP参加がこんなに問題にされるのか(マスメディアは皆参加を煽っている)。
以下、TPPを考える場合に重要な視点を示しておきたい。
結論から先に言えば、TPPにおけるアメリカの標的は日本であり、アメリカは戦後一貫して<自国農産物の輸出を弱い国に押し付け>てきたが、今回もその延長線上の戦略であり、それに菅前首相はまんまと乗ってしまった、あるいは現政権も乗せられようとしているのである。
物事を考える時に重要なのは歴史的な視点である。
この視点が欠けると原因も背景も経過も見通せず、思考が現象的、短絡的になる。まさに菅前首相がそうだった。目先のことにはすぐ飛び付き、反応も早いが、歴史的な視点、時間軸がないから、しょっちゅうブレる。一貫性がない。
1.スタートは小国間の貿易協定
そもそもTPPとは何なのか。環太平洋経済連携協定と訳されるTPPがスタートしたのは2006年5月。当初の参加国はシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国の間で締結された自由貿易協定である。
特徴は全物品の関税を即時、または段階的に撤廃することである。
要するに小国間の貿易協定で、スタート段階ではほとんど注目されなかった。ところが、2010年3月、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムの4カ国が加わり、それまでのP4からTPP(環太平洋経済連携協定)に拡大。さらに同年10月にマレーシアが参加し9カ国の参加になる。
菅前首相が所信表明演説でTPPへの参加検討に触れたのが10月1日だから、アメリカの参加がきっかけになったのがよく分かる。逆の言い方をすれば、アメリカの参加がなければ見向きもされなかったということだ。
2.アメリカが参加した背景
9カ国の参加とはいえアメリカ(オーストラリアも含めるとして)を除けば小国間の貿易協定であることに変わりはない。そんな小国間貿易協定になぜ、アメリカは参加したのか。
ここで重要なのが2010年という年である。2006年でも2008年でもなく2010年である。
2008年9月にリーマン・ショックが起き、この時を境にアメリカ経済は急下降し、長期低迷に喘ぐことになる。アメリカ(政府)にとって景気回復は至上命題なのだ。
自国が不況に陥った時、各国が行ってきた手は戦争である。しかし、この手はもう有効ではないと、イラク戦争を最後にアメリカも悟った。そこで、武器を持った戦争ではなく、経済戦争を仕掛けることにした。輸出である。
たしかに輸出は経済回復に有効な手だった。特にアジア経済危機の際はアジア諸国が輸出主導で景気回復を成し遂げた。
この時の「成功体験」があるものだから、いまでもそれに習おうとする傾向が各国、特に日本でもあるが、過去の成功体験はもう通用しない。その理由は後ほど述べる。
アメリカが輸出できるもの、それは過去も現在も農業である。いろんな餌と引き換えにアメリカは弱い国に自国の農産物を売り込んできた。日本には戦後の食糧難に食料提供という美文のもとに自国のトウモロコシや小麦を売り込み、米食をパン食に変えてしまったのだ。トウモロコシは戦後まもなく家畜の餌としてトウモロコシを配合された「配合飼料」が出回り、養鶏農家なども「配合飼料」を買って鶏に与えていたのを覚えている人も多いはず。
アメリカの戦略は他国に自国の農産物を売り込むことで一貫している。小麦の輸出に成功したアメリカが次に狙ったのはミカンであり、牛肉であり、金融であり、それらが次々に標的にされ、関税を下げさせられたり、市場開放を迫られた。アメリカにとって金融の戦略的標的は巨大バンク・郵貯だったが、これは小泉内閣の時に弱体化された。アメリカにとってまだ残っている最後の標的は米である。TPP参加を日本に迫るアメリカの重要な標的の一つが米であるのは間違いない。
アメリカがアジアを狙う理由の一つもここにある。成長著しいアジア諸国に自国農産物を売り込みたい、金融・医療などの分野に進出したい。そのための関税障壁をなくしたいと考えているのだ。
しかし、ここで疑問が出てくる。成長著しいアジア市場を狙いたいというのはアメリカに限ることではなく日本でも同じだ。では、TPP参加国に成長著しい市場の国があるだろうか。誰もが即答するのはベトナムぐらいではなかろうか。ベトナム市場1国のためにアメリカがTPPに参加するとは思えないし、参加してもそれほどのメリットがあるとは思えない。
では、どこが目的なのか。
(2)に続く
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